ブログ「いらけれ」

今日から正気に戻ろうと思う。なぜなら、午前3時に日記を書き終わって、「ああ、正気に戻った」と思ったからだ。しかし、ここで言われている正気とは何だろう。正しいという言葉が入っている。その正しさとは、誰にとっての正しさなのだろうかと、シャワーから噴き出る水の下で長いこと考えている僕は、水道代をびた一文払っていなくて、生きているだけで無駄な存在の正しくなさ。暴走した何かが、ここに突っ込んでくれないだろうかと思う。

些事に悩む期と、悩みごとが些事だと気づく期が交互に来て、僕がこうして、親の庇護のもとで、薄ぼんやりと生きていることが、誰かを傷つけているのかもしれないとしても、やりたいことぐらいはやらせてほしいし、それだけをやりたい。やりたいことをやれること、それを邪魔されないことだけが、僕が社会に望むものだ。勲章も賞も承認もいらない、心の一等賞は自分だ、だからそれは自己調達できるのだ。言うなれば、"承金"がほしいのだ。暮らせるだけのお金さえあれば、ただ書いて暮らすだろう。

「明日のアー」主宰の大北栄人のツイッターで、「ヨーロッパ企画の暗い旅」という番組のフルバージョンがいくつか、公式でユーチューブにアップされていることを知って、それを見ていた。「ヨーロッパ企画の暗い旅ポータル」は好きでずっと見ていたから。

ヨーロッパ企画の暗い旅 #8「SAKEKE完全制覇の旅」(2011年4月13日放送)
これと、

ヨーロッパ企画の暗い旅 #129「中川さんの頭に象のじょうろを乗せる旅」(2016年7月9日放送)
これの最後の方で、見てもらえれば、どこで笑ったか分かると思うが、すごい笑った。ライブとかではなく、動画で声を出して笑ったのは久しぶりで、幸せな気持ちになった。だから、繰り返し3回は見た。それから、「馬のいななきで目をさました」というオープニングテーマの歌詞が、頭から離れなくなった。我々「暗い旅」は、とてもいい曲だなあ。

TWICEの「Breakthrough」と「HAPPY HAPPY」は、もちろん見ているし、言いたいこともあるのだけれど、うーん。ある種の芸術家に許されているような、自己模倣を繰り返すだけで、それが売りとなって生きていけるような優しさは、アイドルというものにはなくて、新たなコンセプトを打ち出し続けなければならないという地獄を、スタート地点から走っているのだなと思った。あと、楽曲という重要な要素を、人に任せなければならないのも、彼女たちが努力しようのないところで評価が下がってしまうという面があって、非常に辛いよなと思った。

「明日の日記は思い出について書きました」というねじれた文章が、しかし本当。

ブログ「いらけれ」

予想以上に、
予想以上に、
夢は夢で過ぎてく?
でも、どうだろう?
残るだろう?
そこ、ひとつ。
君さ。君の灯り。

中村一義「新世界」

彼女が一つ、くしゃみを高い音でした、電車内にその音が、絶対音感を持つ男がファだと思ったとき、そこは東京ではなかった。線路が近くを通っていた赤い工場では、かまぼこで、蟹が作られていた。東京で並べられていた人々は、カップの底に沈んだ黒い粒を、メルカリに出品したらいくらになるか分からなかったから、閉まったシャッターに鼠を書いたことでバンクシーを目指した。僕は、バンクシーを崇めるよりバンクシーになるべきだ、バンクシーになるということは、バンクシーの真似をすることではない、新たな固有名を獲得することだと思った。例えるならばそれは、動物園のなかで、二本足で立ったレッサーパンダだ。子どもの頃、スーパーの屋上で見たレッサーパンダは着ぐるみで、28歳のアルバイトが入っていた。彼は六畳一間で寝起きしていなかった。起きなかった。二度と目を覚ますことがなかった。天国への永住権が受理されたら、あなたは移住しますか、それとも高速道路の下で、腐ったベッドで寝起きしますかと壇上から問われた。授賞式でスピーチしていたのは、宇宙人だった。僕らは宇宙人と呼んだが、宇宙人にも名前があった。中浦和。潔癖症。凝固剤。濾過槽。平清盛。ゴレンジャーみたいに5色に分かれていた。僕がそれを撮影した。部屋のなかには、等身大のマジンガーZのプラモデルが置かれていた。スピーチはまだ続いていた。アフタートークには、いるやつと、いらないやつがある。誰もが頷いた。トークはテクニックだった。人心を掴むのは簡単だ。科学的にアプローチすればいい。あなたは、詐欺師の口ぶりに深く納得し、彼のまなざしに魅せられた。詐欺師を滅ぼすべきだと思った。僕が詐欺師を滅ぼすためには、人語を解する必要があった。世界にある言葉が分からない。文字の連なりは、縦に14㎝、横に16㎝と、どんどん伸びていたが、僕の頭は余計に混乱するばかりだった。窓の向こうの、ストロベリームーンが輝いているはずの空には、たくさんの雲が発生していた。僕の未来のように何も見えなかった。夢が叶わないことは、大きな問題ではない。夢を持つことが問題なのだ。真理が脳髄を撃って倒れた男は、もう二度と、多くのことを考えない。梅雨の夜の壁を這っていた無数のなめくじみたいだなと思った。

ブログ「いらけれ」

僕がイヤホンをして歩いていた時、とても認められないようなことを抱えながら、イオンの前の道を真っすぐ行って、グルメシティ立川若葉店に向かう途中の名前も知らない道で、自分がどこにいるのか分からないまま、何かのラジオ番組の録音を聞いていたその向こうから、別の音がやってきた。イヤホンを外して、僕はそれが壁ではないこと、ざわめいた声であることを理解した。右を向いて見えたその音の出所となっている建物は、学校らしかった。そのまま歩を進めて「○○中学校」と書いてあるのを見つけたから、僕の予想は合っていた。
声は壁のようだった。新しい緑の下で、賑やかなそれを僕は聞いた。すべてが重なっていることによって、一つ一つの粒は潰れた。そこにいる中学生に、それぞれの人生があることや、もっといえば、それぞれの顔があることすら、まったくもって失われてしまっているかのようだった。
僕は、この前に野球場へ行った時も、似たような感想を抱いたことを思い出した。そこにいた人々の声は、固有性を手放して、どっと沸いた歓声の壁の一部分になっていた。壁のなかにいた僕は、壁になった人々の、少し気が大きくなっている顔を見た。いや、気が大きくなっているように、僕には見えた。集団というものに対する恐れが、僕の中にあったのだ。

幸せになるということを僕が考えた。そして、砂漠を歩くしかないのだと思った。この砂漠は、望んでたどり着いた場所ではない。砂漠には、僕が生きていくために必要なものが、ほとんどない。「心が乾いている」というような、生易しい比喩ではない。機器の要らないARは、それはそのまま現実なのだ。僕の目にはそう見えているのだからそうだ。歩きたかったわけでもなく、歩く以外の選択肢がないということなのだ。ここで干からびるか、向こうの砂の上で干からびるかという差は、とても小さい。見る人によっては同じだが、違うと思うのは僕で、僕の美意識に僕は殉ずる。

あなたには関係のない話だし、それが日記というものだ。書いてなかったけれど、すのこベッドと長座布団をネットで買った。ネットで買う前には、行動範囲のスーパーマーケットを回ったが、すのこベッドは置いてなかったし、長座布団は小さかった。長座布団は、6月下旬に入荷するということだったけど、でも、すのこベッドの上に僕はいる。組み立てることぐらい、なんてことないって思っていたけど、六角レンチの短い方をネジに差して、長い方で締めようとする人間には重労働だった。汗だくになって、テレビのヤクルトスワローズは満塁ホームランを打たれた。完成は満足だった。二つ折りにして、布団を干すことができるからだ。一通り二つ折りにうっとりした後、床に敷いて、その上に布団を敷いて寝転がったら、木の硬い感触が腰に伝わってきた。マッサージのようで、身体がほぐれた。心にはまだ、硬いところが残ったままだったけれど。

ブログ「いらけれ」

そんなことがあって、わだかまった気持ちのまま暮らしていたが、面接から2週間となる水曜日の前日に、お祈りメールが送られてきた(これにより、まだ作られていない「合否の連絡がない企業マップ」に掲載されることは回避したわけだが、2週間後というのは、なかなかに罪深くギルティだと思う)。こっちは神社に行って、神頼みしたっていうのに……いくら課金したと思ってんだ!(十数円)
こういうとき、「やっぱり神様なんていないんだ」と思うか、「自分の信心が足りなかったんだ」と思うかで、その人の人生が分かれていくのだろう。僕は、自分では前者のつもりで、結局はまた、賽銭箱の前にいるような人間だと、そこまでメタに考えている。

これで、毎日働かないでよくなったから、日記を書き続けることができるんで、つまり、あなたも読み続けられるってわけ。よかったね。正直、これをきっかけに、あるいは言い訳にやめたかったのだが、神が「続けろ」って言っているのかな、なんて、プラス思考をできるはずもなく、何にもないところで涙を流したり、橋の上で川中に飛び降りる想像をしたり、強く死にたいと思ったりしていた。

別れてしまった女の子が、とても美化されて思い出されるのは、なぜか。落ちてしまった会社に入れていたら、輝かしい未来が待っていたと思えてしまうのは、なぜなのだろうか。あれこそが運命の相手だったのにという、間違っている気持ちに、全面的に支配されてしまう心。もっと素晴らしい相手に出会うしか、これを解消する方法はないのだから、外へ外へと自分を追い出していくしかない。

うらぶれた僕はそれでも、いつものように街へ出て、道行く人を襲うわけでもなく、ただ明日への活力を求めて、長い時間歩いて、楽天チェックでポイントを貯めて、なんか木を組んでるけれど、ムサビってこんなところにあるんだ、オレンジ色のツインテールの人が自転車に乗っている、建物の前で仰向けで寝ている男が何かを書いている、こんなところに温泉施設がある、けど、月に一日しかない休館日だから、出かけたときは行くつもりではなかったスーパーマーケットに、千円で五十円引きになる電子クーポンがあったから、チューブのきざみねぎ塩と青じそ、お徳用のポテトチップス、プライベートブランドのウイスキー、コーラ、ドクターペッパー、割引されていたプチエクレアをかごに入れて、レジのおばさんがクーポンの存在を認識していなかったらしく、会計に手間取ったことにもやもやしながら、右手に下げたレジ袋が消費の重さで、ストレスがすっかり解消されたわけではないが、世界は涼しく、僕は前向きだとしよう。