大事なことは、昨日までにすべて書いてしまった。本当にすべて。たまに、空爆で壊れる街を幻視する。かつて争いに苦しめられた誰かや、今戦争に巻き込まれている誰か。封鎖された街から出るためには、地雷原を歩かなければならず、被害者として病院に男性が運ばれてくることが多いのは、家族で脱出を試みるときに、父親が先頭を歩いて犠牲になるからだ、という話を聞いたときのリアリティを思い出す。
ここにあるのは、とても卑近な世界。歩いていたら「奥野」という表札あって、と書いてしまうと、読み手の頭のなかに、そのままの漢字が書かれた表札が思い浮かんでしまうから嫌だ。僕の目に飛び込んできたのは、奥の字の上の、ちょんとなっている線の真ん中から、またちょんと出た棒だ。例えるのならば、りんごの絵に、まったく必要ないのに描かれた軸に付いている葉っぱのようで、僕は、その字をみた瞬間にりんごだと思った。
久しぶりに小平霊園のなかを通っていた。新緑の墓地は清々しい。その時の僕は、GRAPEVINE「TOKAKU」を聞いていた。
そんで、「『どんな気がする』って、このサビの頭で言い切る感じ聞いたことあるなー、聞いたことあるなー、なんだっけなー」って考えて閃いた。「Like a Rolling Stone」の「How does it feel?」じゃん!ボブ・ディランじゃん!って一人興奮して、「TOKAKU ボブ・ディラン」で検索して、気付いている人少ないんじゃないかなあって馬鹿なことを考えていたけど、当たり前のように田中和将がインタビューで発言しているし、なんなら歌詞で「How does it feel?」って言っていた。
つまり、僕が馬鹿だから面接に落ちたということなのだろうと思う。馬鹿には、生きにくい社会である、とても。翌日には、一度目の面接で嫌な思いをした会社に再び赴いて、前回的外れな指摘をしてきた"ご婦人"から、話し方の癖を注意されて、ちゃぶ台じゃないので、テーブル返しをしてやろうかと思ったがやめた。それなりに真面目なのである、まだ。心のなかの大声で、「お前には言われたくねえよ!」と叫んでいた。それはそれとして、気になっていたのが、前回の面接3連発で一番感触のよかった会社から、1週間経っても連絡がないことだった(これが、この段落冒頭の文章につながる)。僕は、面接に呼んでおいて、合否の連絡をしない企業を心底憎んでいる。「大島てる」みたいに、「合否の連絡がない企業マップ」を作りたいぐらいだ(作らないけど)。不合格の連絡をくれた企業はすぐ忘れてしまうのに、連絡がない会社を今でも覚えているのは、「あの面接の結果、どうだったのかなあ」と、面接を受けてから1週間ぐらいの間、何度も思い出すからだろうか。とにかく、法律がある以上○○してやる的なことは思わないし、思っても言えないけれど、潰れてしまえとは思っているよ、株式会社●●さん。