ブログ「いらけれ」

はいみなさん、こんにちは。今月も、「デモクラシーCafe@東村山」に行ってきましたので、そのご報告をいたします(会のブログはこちら「3月はこんなことをしました」)。僕は17日の方に参加しました。

「哲学カフェのつくりかた」と題された前半部では、哲学カフェの歴史や特徴、哲学カフェとはどのようなものか、スライドを使いながら教えていただきました。実際に会を進行する場合のコツや、テーマ設定の方法といった、かなり実践的な内容も含まれていて、「やはりこれは、哲学カフェを開催するしかないのでは……」と、かなり真剣な顔で、食い入るようにお話しを聞いていました。

(しかし、哲学カフェだけじゃなくて、将棋の会とか、読書会とか、東村山で作りたいなあとは思っておるのですか、イチロー選手でも「人望がない」というくらいですから?僕なんかは、もう、ねえ。会をスタートさせるまでの、たくさんのハードルをどう超えていくか、どうやって人を集めるのかというところを、考えねばなあと、まずは。)

後半部では、「質問」についての入門的なワークを通じて、相手の考えを理解すること、そして理解するためにはどう質問していけばいいのかを学びました。その場でも指摘を受けたのですが、僕が、誰かの話を聞いてから、それを受けて質問する場合、どうしても「今、○○と言われていましたが、××ではないでしょうか」と、反論というか、詰めるような言葉づかいになってしまうことが多い。

この日、僕にとって一番の学びとなったのは、相手の考えを理解するとは、相手のassumption(前提、そもそも)を理解すること、という言葉でした。相手が(半ば無意識のうちに)前提としていることを、問いかけによって浮かび上がらせるためには、問い詰めるようなやり方ではなくて、気持ちが通い合うような表現方法を身に着ける必要があるのだなあと、反省し、勉強になりました。

他にも、「前提をどこまで掘るのか問題」については、「自分と相手が分かれていく分岐点を探る」というお話しがあったりとか、質問をしたときに意外な答えが返ってきたら、そういった驚きは大きなヒントとなること(それは、自分が無意識に前提にとしていることの発見にもつながる!)など、興味深い内容が盛りだくさんでした。

哲学カフェのなかだけではなく、人生のすべての場面において、相手の前提を理解することは大事で、そして、おそらくその先には、相手にこちらの前提も理解してもらって、違いを認め合うということが目指されるべきで、そこに近づいていく第一歩として、非常にためになる会だったなあと思いました。

ブログ「いらけれ」

3月16日の多くの時間は、「熊谷って遠いなあ」と思っていた。電車に30分、乗り換えで5分歩いて、また電車に20分、そこからバスで30分。一時間半もの道のりの間で僕は、「3月12日の思い出」を書いていたので、あっという間だったし、集中できたので、むしろありがたいと思ったほどだ。

ただし、それはすべてが上手く行っていた場合の話だ。川越市駅で僕は、まず10分ぐらい待った。電車が遅れていたのだ。電車が来て、乗って、霞ヶ関駅を通りすぎるとき、僕は「あ、この路線乗ったことある」って思い出した。霞ヶ関駅の近くには東京国際大学があって、オープンキャンパスに来たのだ、彼女と二人で。その後、彼女はあの大学に通うようになったはずだ。毎日、この路線を使っていたのだろうか。うっわ、甘酸っぱい記憶を全部思い出したけど、その話は、また今度にしよう。

バスの始発の東松山駅で、僕は驚愕していた。電車が遅れて、予定のバスには乗り遅れていたが、まあ、一本ぐらい逃しても、という甘い考えを、埼玉県は許してくれなかった。休日の昼間なのに、次のバスが来るのは20分以上先だった。少し早く目的地に着いて、そこで昼飯を食べる計画だったのだが、どうやら、そういうわけにはいかなそうだ。そしてまた、この空き時間はあまりにも中途半端な短さで、ここでご飯を食べるというわけにもいかず、いろいろ迷った挙句、駅ビルまで戻って、コンビニでグミだけ買った。

バス、長かったなあ(この言葉は、とても実感がこもったとして読んで欲しい)。途中、完全な田舎の景色になって不安だったが、熊谷に近づくと、都市が現れて安心した。

目的地だった八木橋百貨店は、とても素敵な建物だった。こんなに洒落た百貨店の8階に、イベントスペースまであるなんて、僕はこの近くで少年時代を過ごしたかったぜ。7階のレストラン街まで、一応上がってみたものの、これ店入ったら、注文して待ってる間に、始まっちゃうよなあ、などとウロウロしていたら、普通にクロヤギの二人がエスカレーターを上がっていくところを見かけて、めちゃくちゃビックリする。「ああ、クロヤギだあ……!熱文字の出演回、いつも面白いです……!」と静かに興奮しながらも、声を掛けることはできなかった。地下まで下りて、少しお高いサンドイッチを買い、そこの休憩スペースで食べた。美味しかった。

「318 熱量と文字数 【天下一ブヒ部会2019】」
このように、「熱量と文字数 感謝祭」の様子は、順次、音声配信されると思うので、詳しいことは書かないが、ハッキリ言ってしまえば、僕は投稿が読まれたわけだ(自慢)。ネタは、そのまま読まれたわけではなく、余計な小ネタが削られるなど、添削された部分があり、とても勉強になるなあと思ったとか、そんなことより!自分の書いた文章を、声優の方々に読んでいただく気持ち!そして、大勢の人と一緒に、その場にいる気持ち!「読まれるかなあ、あはは」なんて、イベント前は軽く考えていたのですが、実際に読まれたときは、ドキドキして死ぬかと思いました。でも、ああやってネタに声を付けてもらう経験も、それをたくさんの人の前で発表してもらう経験も(それが、ちょっぴりウケる経験も)、たぶん、人生で二度出来ないことなので、死にそうになりながら、ああ、生きていてよかったなって思いました。

一番初めに「ブヒ部会」があったわけだが、その後も硬軟織り交ざった企画のオンパレード4時間で、いやマジで自分が読まれたからじゃなくて、「神イベントだぁ!」と思いながら、ずっとそこに座っていた。面白くない時間帯がなかった。楽しすぎた帰り道は、いつものように頭が痛くなって、吐きそうになりながらバスと電車を乗り継いで、何とか家に辿り着いた。布団に寝転がって天井を見た僕は、「僕の人生はバラ色に変わった-っ!!」という歌詞が、心の底から理解できていた。


「永遠なるもの」中村一義

ブログ「いらけれ」

音声コンテンツを作りたい、ポッドキャスト配信するしない?という感じなのだが、なかなかね。心だけじゃなくて、体を動かさなければならないからね。相方ができたら、かなあ。だとしたら、死ぬまで無理かな。

小さい山しか登りません。頑張らない。人生の方向性を決めた。貯めたポイントは、なるべくアマゾンギフト券ではなく、楽天ポイントか現金に換え、ちょびリッチを経由して楽天で買い物をすることで、ちょびリッチのランクを上げていく方向に決めた。
自分が使っているポイントサイトのなかでは、ちょびリッチは既にかなりお得で、さらに会員ランクを上げていけば、ポイントが増量されていくというシステムなのだ。こんなこと、普通に生きている人は知らなくていいことだよ。普通の人々に先駆けて僕は、貯まっていた楽天ポイントを使って、この前注文したミックスナッツが少なくなってきたから、同じ店から新しくわさび風味のミックスナッツを買った。これでもポイントは貯まる。それでまた、獲得したちょびリッチポイントを楽天ポイントに変えて、それを使っても買い物してもちょびリッチポイントが貯まるので、つまりポイントが貯まりまくるわけだ。普通の人はそんなことより、どの仕事が給料が高いか知るべきだ。
あと、アンケートサイトのマクロミルというところで、肉が当たった。こちらもランク制度があって、ランクによって申し込めるプレゼントが違うんだけど、ダイヤモンドランクの僕は高級肉を選んで、それで当選したらしい。マクロミルは、アンケート数も多く比較的ポイントが貯まりやすいのでオススメだ……って肉をもらってしまったことによる忠誠心。いただいたお肉の味は、後日ご報告いたします。

取り壊された駐車場のことを、それがあったときに目障りだと思ったことも、いかめしい存在だと思ったことも、一度だってなかった。けれど解体が終わって、覆いまでなくなって、今ここから、それまでは見えなかった大通りの向こうのマンションが見えるようになって、僕は、信じられないほどの爽快感を感じている。あまりの気持ちよさに、声が出そうになる。将来が心配だとか、恋人がいないことが辛いだとか、本当は、家の隣にマンションがただ建っているだけのことが、憂鬱の原因だったりするのかもしれない。

それが嫌なら金払えってことなんだろうけど、ユーチューブの動画に挟まる広告の量と長さが、バシバシ増えていて、プレミアム会員になっても、ならずに広告にイライラしても、つまるところユーチューブが儲かる。それなしではいられない体にしておいて、どっぷりと浸からせたところで税金を上げちゃうという、タバコに似ているなと思う。お金を儲けたいと思ったら、まず、ユーザーを依存症にするのが正しい。お酒とかギャンブルだけじゃなくて、アイドルだってソシャゲだって、言わずもがなそうで、人間を破滅させるシステムをいかにキレイにラッピングするかってことに、みんな謀をめぐらしているわけでしょう?

ブログ「いらけれ」

何か言おうと思ってやめて、そのまま忘れた。

花粉症がひどくて、それで今年から「アレルビ」という薬を飲むようになった。効き目があるのかどうか、飲んでいる自分でも分からないけれど、飲まないよりはましだと思うから、約1300円のそれをアマゾンで買おうとしたら、2000円以上買わないと送料がかかるというので、とりあえずそのままにして、家の近くのいろんなドラッグストアを回ったが、アレルビは置いてなかったし、代わりになるぐらい安い薬もなかった。

なぜないか、検索して分かったのは、取り扱っている店が限られているということで、ココカラファインでは置いてあるという情報を見つけたので、武蔵大和駅まで歩くことにする。少し遠いけれど、アンケートサイトのポイントをお金に交換して、三井住友銀行に振り込んでいたものの、ATMの手数料をケチって引き出せていなかったから、その用事も一緒に済ましてしまおう、ちょうどいいやと思った。

歩く三月の暖かさ。薄い緑の上着を脱ぐ暖かさ。すれ違う者たちの、装いの厚さの疎らさ。そうだ、auのクーポンが当たっていた。ローソンの100円菓子も、もらって帰ろう。40分ぐらいあるいて、到着したドラッグストア。アレルビはあったが、同じ56錠入りで2500円ぐらいで驚く。単純に、インターネットで買うのと倍違うのは、どういうことなのだろう。ネットが使えない人は、問答無用で高い物しか買えないのか。

ローソンではポテトチップスをもらい、お昼時だったが、当たり前のように知らない店には入れず、家に帰ってきて、パンとかラーメンとかもあったのにレトルトカレーを選んだのは、街中にたくさんあるインドやネパールの国旗をあしらったカレー屋の前を通るたびに、入ろうか迷っていたからだと思う。そのことは、トップバリュのカレー中辛(甘い!)を食べながら気づいたわけだが、ここまで馬鹿な人間でも生きているというのは恐るべきことだ。

君には教えていなかったけど、僕は、廻田図書館にも行っていたんだ、こっそりとね。僕は、子どものころは、その近くに住んでいたはずだから、行ったこともあるはずだけど、久しぶりすぎて、初めてみたいだったけど、館内の一角に和室みたいなスペースがあるのを見て、懐かしいという気持ちになったこの懐かしさは本物?それとも、ねつ造した記憶?
そこにあった本は、なかなかに興味深くって、僕は、返していない本が借りたままだから、僕は借りることはなかったけれど、新しい本の背表紙は、それだけで何かを考えさせるようで僕は、また来ようと思った。僕が、僕にとって面白い本が読めるかもしれないということが、ただそれだけで嬉しかった。
関係ないけれどアレルビは、夜に僕が、700円ぐらいの一緒に買うものを探して、長嶋有のエッセイ集をカートに入れたらあと7円足りなくて、他の物にしようか、何か安いものを買い足そうか、こういうときは電池か、電池いらないな、などと迷っている間に、アマゾンじゃないところから新たに出品(?)されて、それまでより数十円安くなって、しかも送料がかからなくなっていた。

僕にとっては、もう、すべてが邪魔だ。