ブログ「いらけれ」

アンケートで得る曜日感覚というものがある。あなたの知らない世界。基本的に、土日には送られてくるアンケートが少ない。そして、土日前の金曜日の夜には、どっと、たくさんのアンケートが送られてくる。
その日は月曜日だったし、すべてのアンケートを回答するだけで、3~4時間かかるという金曜日ほどの量とはいかなくても、それなりに届くはずのアンケートが来なくて、少し考えてやっと、その日が祝日であることに思い至った。
朝電車に乗って、人が多くて/少なくて、その日が祝日であることが分かるように僕は、アンケートでさまざまなことを察知する。こういう暮らしはどうだろう。あなたは馬鹿にするに決まっていて、どう思うかなんて一切聞きたくないけれど。

ちゃんとMリーグのレギュラーシーズンを最終戦まで見た。パソコンの画面を半分ずつにして、Mリーグ見ながらアンケートを答えるのが、Mリーグの放送も3時間ぐらいあるし、僕にとってはちょうど良かった。ファイナルシリーズという名の決勝24試合は、3月の土日に行われるらしい。なんか一か月先が待ちきれないこの感じって、子どものころに、新作ゲームの発売を心待ちにしていたとき以来かもしれない。

今日の私から、今日の私へ。これから始まる今日の私は、どんな一日を過ごすのだろう。今日の私は、メールを書いて、仕事で文章を書いてしていたら、終わってしまった。一日はマッハだった。仕事が終わった後は、Keath Meadの『Sunday Dinner』を聞いていた。

何度聞いても、素晴らしい以外の言葉が見つからない。日曜日の午後のドライブで、大音量で流したい。世間では、あまり話題になっていないから、僕の耳が腐っているのかな?なんて、これっぽっちも思わない。たぶん、タイミングが合っていないだけなのだ。そして、偶然皆が知らないだけなのだろう。イヤホンで耳をふさいで、目薬でスーッとする目を閉じて、今日の疲れは取れた。今日の私は、これから頑張って生きるのだろう。頑張れ。フレーフレー、私。

頼んでいたミックスナッツ、やっと発送されたという連絡が来た。注文から、一週間は確実に過ぎている。おかしなことばかりだ。僕が政治の話をしないのは嫌われたくないからで、それは僕が、自分の考えと違う発言を許容できず、そういう発言をする人を嫌いになってしまうからだ。ひどい発言をする人ばかりで、いつもビックリしている。それが普通とか世間というものなのだろうと思う。この世界で生きているのは辛い。「邪悪なものが勝利する世界において」という文章を読んだ。人間であることも、人間といることも嫌になった。


堂島孝平「ベンジャミン、空を睨む」

あれはなぜ?それはなぜ?
すべてのなぜにこたえがあるのはなんで?
それになぜ?
見つけたぜって手にしたようでもこぼれおっこちてくのはなんで?

ブログ「いらけれ」

僕は間違いなく聞いたと思って、ネットを探しても記述がなかった、しかし、文化放送の公式ページのキャッシュには残っていたし、もう一度過去のラジオ放送の録音を聞いて探したら、放送されていたのを確認したから書くけど、「社会学者の岡田斗司夫さんがゲストに」というCMが流れていた。マジかよと僕は苦笑した。流石にマズかったのか、番組サイトでは社会評論家に肩書きが変わっていた。
社会学は、一つの学問分野なのだし、学者ではない人を学者として放送してはいけないだろうと思う。しかし、学者といっていいのか分からない人が、学者としてメディアに出ているからなあ、たくさん。頭が痛い問題だ、でも、何でもありになると、後々困るよ、ちゃんとしようよ。

私にはDV夫的な、暴力の後に優しい言葉をかけたりする性質があることはよく理解しているので、基本的には、人と居てはいけないタイプの人だと思う。だから、人が人を暴力で支配していたというようなニュースを見るといつも、もし自分が悪い腕自慢だったら、必ず誰かに暴力を振るっていただろうと思うし、これから先も気を付けなければならないなって思う。人を傷つけないように。

ああ、キャンプの時期はいいなあ。春は、希望で満ち溢れている。ネットにある記事や、解説者の言うことがその通りだったら、絶対に130勝してしまうよ。でも問題があってね、事前の予想通りにならないこともそうだし、他のチームも同じように希望だらけだから、他のチームだって130勝してしまいそうなんだよ。
開幕してしまえば、数字で結果が出てしまうじゃない?悪いことも起きてしまうからさ、だから、やっぱりこの時期がいいよ。

家の周りにマンションができまくっている。バシバシ高い建築物が建っていて、また、今の更地は、後のマンションであることを予告されている。川沿いにも、踏切の向こうにもマンションができて、家の裏に新しいアパートもできて、人口が増えているわけでもないだろうに。それとも、「東京一極集中」的な何かが終わって、こちらに流れてきているのか、それとも「東京一極集中」が加速していて、ベッドタウンとしてこちらに流れてきているのか。一部屋ウン千万と広告の入ったポケットティッシュを、駅前で受け取って僕は、その前まで行って立ちすくんで眺めていた。人間の使える空間が増えたのだな、と思った。

そう、前に部屋を借りたいって書いたけど、光熱費とか水道代とか、生きてるとそういうのがかかるんだって、完全に忘れて皮算用していた。とても恥ずかしい。世間知らずのお坊ちゃんは違いますなあ。そのままぬくぬくと生きていけるのならば、それはとてもいいことだね。

ブログ「いらけれ」

バッカみたい。このサイトのサーバーの更新をしたら、3000円もした。ドメインの更新が12月の頭だから、あと約300日は、間違いなく見ることができるだろう。それなりに更新もされるはずだ。
僕が、日記の更新をなぜ続けているのか、その理由もモチベーションも、裏の空き地に住む犬に食われてしまってから長い。ただ、誰かが読んでくれればいいなとは、ちょっぴり思う。これっぽっちの愛が、私から私へ、そして、私からあなたへ向いた矢印を伝って、届けばいいなとはちょっぴり思う。それだけ。

ただし、太宰治だったら、こんなことを書いていただろうかと思うことはある。あるいは、芥川龍之介だったら、夏目漱石だったら、こんな文章を書くことを、自分に許していただろうかと。問題は、僕は僕であって、文豪でも偉人でもないから、仕事で駄文を書かなければならないってことだ。あー、エッセイストでお金を稼ぎたい、稼ぎたい。

何度間違えたことだろうか、ただ、自分の年齢を打ち込むだけのことを。アンケートでは、だいたいその度に、年齢や性別を聞かれて、それを記入する必要がある。男は男だし、生年月日だって変わらない。でも、自分の年齢はあの日を境に変わってしまった……。
26歳だった期間は、とはいえ、たったの1年だ。1年だけ、私は26歳ですと言ったり書いたりしていた。それなのに、すっかり死ぬまで26歳みたいな顔をして、26歳然としていた。26歳に慣れて、26歳と打ち間違えたりして、何してんだって思う。僕は、26歳に甘えていたのだ。とにかく、27歳には慣れないようにしようと思った。だって、たったの1年しかないのだから。

雪が降っているところを、見ることはなかった。ただ、病院の駐車場に撒かれた融雪剤の跡だけが、雄弁に物語っていた。カレーうどんの香りが、どこかの家から、ここまで届いた。早く家に帰ろう。

以前「僕たちだけがおもしろい」で話題として出ておりました、「最速最強」というキャッチフレーズでおなじみの麻雀プロ・多井隆晴さんですが、麻雀界には実際に王位というタイトルがあって、多井プロは過去に、王位を獲得した経験があるということです。以上、プチ情報でした。


髭「魔法の部屋」

君がいなければ 僕がいない
そして そのすべてが
僕ひとりでは急転直下
悪夢の夜に まっさかさまさ

ブログ「いらけれ」

麻雀ってさ、適度に運の要素があって、イカサマのやりようがあって、賭博に向いていた、ちょうど良かったんだろうな、とは思う。もちろん、こびりついている悪いイメージを払しょくしたいと、業界の人が思うのは当然だと思うけれど、麻雀が人々を引付けている魅力のなかに、そのダーティーな歴史が一役買っているのも間違いないことなわけで。単純に、キレイにすればいいって話でもないのかもなーと思う。

夜中に、よく知らないドキュメンタリー映画を見ていた。日本映画専門チャンネルでやっているような。別に、何か面白い、ドラマチックな何かが起こるわけではなく、そういうものを期待しているわけでもない。それに、制作者側の主張にだって、ほとんどの場合、興味がない。
僕には頭がある。これは、頭が良いということではない。頭があるから、頭を使ってしまう。頭を使って、ものを書いてしまう。僕がドキュメンタリーを見るのは、見るのが好きなのは、僕の頭からは出てこない言葉や瞬間が、そこにあるからだ。前述のドキュメンタリーにも、ある流れがあって、「しっくりこない」という一言があって、それは、自分の頭のどこを絞っても書けないようなシーンだったから、見てよかったと思った。
創作能力がどうしようもないから僕は、僕が書くこれは、実際に起きていないことが、元になっていない文章は、一つもない。架空だって嘘だってあるが、それにしたって、イメージの起源になるような出来事があって、それは昨日の夜、キーボードのエンターの隣の辺りのキーに、半透明の粘液が付着していた、鼻水も何も出ていなかったので、それが何かまったく分からなかった、というようなことだ。これだって、言葉を追うだけでは本当かどうか分からないが、本当でなければ、僕にはこんなことは書けないのだし。

昨日は家から出なかったが、今日は、アンケート回答のためのサンプル品をもらいに、品川まで行った。品川駅は大きい。長い通路には、たくさんのデジタルサイネージが掲げてあって、それがすべて同じ映像だから、合わせ鏡を覗いたときのように、たくさんの綾瀬はるかの顔が並んでいた。もし、自分がタレントになって、数多の自分があそこに表示されていたとしたら、居心地の悪い思いをするだろう。ギリギリだったので焦ったが、早歩きをしたら15分前には会場に着いた。サンプル品の受け渡しはつつがなく終わった。帰りの電車に乗る。僕は、だいぶ電車が苦手になったようで、その時間を苦痛に感じていた。サンプル品を家に置いて、少しだけ歩くことにする。とても寒い、寒波を肌で感じる街を散歩したら、体に活が入ったような気がした。力は内側から湧くのだ、与えられるものではない。


Simon & Garfunkel – The 59th Street Bridge Song (Audio)

なんか知らないけど、歩いているときに頭に浮かんだのがこの歌だった。

Slow down, you move too fast