ブログ「いらけれ」

久しぶりに夢を見た、と目が覚めた。起きる必要がないから眠った。

『チャパーエフと空虚』は”花婿とは、アーノルド・シュワルツェネッガーのことだったのだ”という超面白い一文がある小説で、夢/幻覚が描かれている。

読んでいたからかもしれないが、私は知らないスーパーマーケットにいる。病室のような引き戸があり、その向こうに日用品の棚がある。日用品としか言えないのは、無数の商品が並んでいるからだ。一つ一つが潰れている。私は、それを扉を開けた瞬間に見た。

夢を見て、そこで見たスーパーマーケットなどなく、あるのは私の脳だけだ。それでも、私は私が見た、と言うだろう。私には、その光景が私のなかにあったという実感はなく、私には私が見たという実感がある。

つまり、私が家を出る前に、家の外が私の中にある。スーパーマーケットがあり、スーパーマーケットの店内がある。仮構された都市がある。私は、その虚構に無自覚だ。無意識の構えがある、だからこそ驚くのだ。予想がなければ、予想外はない。

私の夢を作ったのは無意識の私だが、その無意識の私に、私は会いたい。無意識は意識できない、意識できないものを無意識と呼ぶ。だから、無意識の私に会うというのは、叶わない夢だ。

ブログ「いらけれ」

今から驚いた話をします。

その朝の私は新宿に着くまでKindleで、佐々木敦『「批評」とは何か?』を読んでいました。

この本を読むのは4回目ですから、すでにたくさんのハイライトが入っていました。過去の私と一緒に読んでいるみたいでした。私の人生の課題に取り組むためには、「批評」についてもう一度考えなければならない、思考を更新するためにこそ原点に帰るべきだ、と考えていました。

『小説の楽しみ』(水声文庫)という非常にベタなタイトルの本があって、二〇〇五年だからほんとに最晩年、国立のロージナ茶房っていう喫茶店で三回続けてやった講演を本にしたものです。これは本当に素晴らしい本です。

佐々木敦『「批評」とは何か?』

私は乗り換えのホームで、この部分を読みました。この本こそ私が前回書いた、古書防波堤で買った「小島信夫の小説論」でした。とても驚きました、鹿島さん、これは……スピってますか?

でも私は「スピリチュアルコーナー」に投稿しません。なぜなら私は、この本をすでに3度読んでいるのだから!!!

言ってしまえば忘れていただけですし、中で取り上げられている小説が丁度並行して読んでいた絲山秋子『袋小路の男』だったり、次に読み始めた長嶋有『電化文学列伝』(ちなみにこれも再読)で柴崎友香『フルタイムライフ』が扱われていたり、という例からも分かる通りですが、これからとても大事なことを言いますが、私は「界隈」をぐるぐるしているだけなんです。だから読んでいる本に、買った・読んだ本の名前が出てくるのは当然のことなんですよ。

とはいえ、やっぱり偶然の導きa.k.a.運命を感じないではいられないわけですが、それもまた一つの当然なのだ、という結論に至りました。

無数の本の中から私が選んだ本同士が、一つの星座をつむぐ。それは、他の誰でもないこの私が、考えるべきことを考えるために、調べて探して読んで学んで、賭けているからです。人生が、痕跡を残しているのです。

つまりこれは幸運、ラッキーではなくて幸福、ハッピーなお話だったのですね。私がちゃんと生きられているみたいで、良かった。

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今時の大学生らしく、一年生の頃から、履修した講義には毎回出席し、レポートなどの課題もしっかり提出するという真面目さで、四年生後期になってからは、キャンパスに行くのは週一日、ゼミの先生の卒論指導を受けるだけだから、高いお金を出して買った自転車はすっかり使う機会が減ってしまって、錆びつかせるのがもったいないと思った僕は、朝から降っていた雨が上がったタイミングで、いつものスニーカーを履いて、玄関を開けて、目に入る空に虹がかかっている。しかも二重だ、よく見ると。

兄が仕事をやめたのは、先月のことだった。彼の身体に、三月の終わり頃から断続的に訪れるようになった小さな不調は、一月で瞬く間に大きくなって、それでもなんとか会社に通っていたのだが、ようやく診察を受けたときには、もう手遅れだった。詳しい検査のあと、家族も呼ぶように言われた診察室で、ドラマのように余命宣告が行われることはなかったけれど、医師の口振りから、彼の人生がそう長く続かないことだけは、はっきりと伝わった。彼の後ろで、円形の椅子に座って話を聞きながら僕は、天井を見つめていた。その向こうに、本当に、神様はいるのだろうか?

後方から不意の、けたたましいクラクションの音にも、僕は振り返らなかった。まだ乾ききっていない道を、自転車は快調に進む。地面とタイヤが接しているのが分かる。この感覚は久々だ。小さな公園、シャッターの隣のシャッター、スーパーマーケットから人が出てきて、美容室には大きな女性の写真。赤信号で停まる。あまりにも綺麗な虹は、それが最後の虹かもしれない。僕は振り返り、わざわざ靴を脱いで、リビングのソファに横たわりながら、テレビを見ている兄の側まで行って、そして、話してしまった。

フォローのつもりで「歩きたくないよね」と言うぐらいなら、話さなければよかったと、その時は思った。彼の苦しみが、痛みが、僕には分からない。「そうか、見たいな」と言って起き上がろうとした兄を母が支えて、短い廊下を歩いて、玄関でサンダルをつっかけて、ドアを開けた二つの後ろ姿の向こうに、あの虹はまだあった。「本当に綺麗だね」という、たわい無い会話に家族があって、胸がいっぱいになる。うん、話してよかった。「出かけてくるわ」とそっけなく横を通って、自転車の鍵を回しながら僕は、この日のことを死ぬまで忘れないだろうと思った。

信号は青に変わった。顔を上げ、しっかりと前を向いて、もう一度ペダルを踏み出した。

僕は魂の本に今日のみんなを記すんだ。

「魂の本」中村一義

ブログ「いらけれ」

※この文章は、5月6日に開催される予定だった「文学フリマ東京」での販売を目指し、作成していた同人誌の巻頭言として、執筆されたものである。

「小説とは何か」という問いに、答えを出そうとした数え切れないほど多くの先人たちと、彼らの残した言葉について私は、ほとんど何も知らないといって過言ではないだろうし、それなのに小説を書く、という意気込みで書かれたあの文章を、こうして人目に触れる場所へと置いてしまえば、心からじくじくと、忸怩たる思いが湧き上がるのも当然だろう。
 私は、胸を張ってライターとは名乗れない、産業廃棄物のような文章を日々生み出すことによって糊口をしのいでいる人間で、それとは別に、ただの趣味として毎日毎日千文字程度の日記を書いてインターネット上で公開するという、自分で自分を苦しめるような行為を二年程前から始め、今でも続けている。「知らねえよ」と思うだろうが、まあ、付き合っていただきたい。
 その日記には、「作家になりたい」とか「小説を書きたい」といった〈私〉の思いが綴られることも少なくなかった。しかし、この世界を生きる私と日記の〈私〉は別物であり、書かれた〈私〉の思いは、私の考えとイコールではなかった。
 小説とは何か、それが私には分からなかったし、もちろん小説、と自作の文章を呼んでいいものか、自信が持てないから〈小説〉と書くことにするが、〈小説〉を書き終えた今でも分かってはいない。例えば私は、日記のなかで数え切れないほどの嘘をついてきた。それは、間違いとされる確信犯の意味において、日記という枠組みからはみ出るようにして、より面白いものを書くための試みとしてあった。あるいはより消極的に、身内や知り合いにバレたら嫌だとか、直接書いてしまうと陰口のようになってしまうからといった理由で、出来事の細部に手を加えたり、存在しない兄を登場させたりしたことも度々あった。
 あれは、小説だったのだろうか。私小説にカテゴライズされる文章だったのだろうか。日記という体で書かれたテキストであろうとも、ドキュメンタリーが嘘をつくように、フィクションが紛れ込むのは当たり前だ、そもそも、すべての出来事は果てしなく複雑で、それを文字列に変換すること自体に無理があるのだから、それに、日記を書いてわざわざ公開する人間というのは、これも誤用だが須らく卑しい人間なのであり、興味をひこうとあの手この手を使う、その手段の一つとして話を盛る、確実に。
 小説と日記の分岐点が見つけられない私にとって、小説と〈小説〉がどこで分かれるのか、小説と〈小説〉を何が分けるのかというのは難しい問題だった。難しいから分からないし、分からないから書けないと思っていたし、告白すれば、書きたくないとさえ思っていた。「いつか小説を書きたい」と言うだけならば、やればできる子という自己イメージを持ち続けながら、「いつの日か俺はやるんだ」と甘えていられた。
 しかし、今これを読むあなたは、この本を手に取っている。目次にはタイトルがあって、その下にある数字を頼りにページをめくれば、私の〈小説〉がある。きっかけを話せば長くなるから、次の機会にしようと思うけれど、この同人誌を一緒に作っているパートナーとの出会いが、とある将棋大会にあったと聞けば、むしろそちらを詳しく書いてくれと、そう思われてしまうだろうか。ひょんなことから知り合い、そして連絡をもらい、口は災いの元……ではないけれど、同人誌を作りたいとか、小説を書きたいと言ってしまったばっかりに持ち掛けられ、それに乗り、すべてはノリでここまできた。ちなみに、私の座右の銘の一つは「囃されたら踊れ」である。
 小説を、もとい〈小説〉を書いて初めて、私は分かった。私にとってそれは、微細な運動の連なりだった。途切れることのないダンスだった。饗宴を続ける言葉を眺めていた。それだけだった。それなのに文章は、一つのテーマを念頭に置きながら書かれたとしか思えないものになっていた。最後のパートを書き終えて、冒頭から読み返した私は、心底驚いた。
 しかし、これは反省ではないけれど、あの〈小説〉には四千字が丁度良かったけれど、小説には全く足りなかった。一本の木が立ったに過ぎなかった。読者が深く入り込み、さまざまなものを目にし、さまざまな音を耳にし、時には迷ってしまうような、小説という森にはならなかった。
 最初も一つならば、最後も一つだ。最初の小説を書くにあたって私は、それを最後の小説にするつもりだった。しかしそれは、〈小説〉になってしまった。だから私は、〈小説〉を小説にする為に、もう少し創作活動を続けなければならないようだ。次こそは、森のように大きい物語を書けるだろうか。自信も確信も、作戦も戦略もないままに、とにかく書き始めよう。それが小説になったら、それが私にとって最初の小説となり、あの〈小説〉は、最後の〈小説〉となるだろう。