ブログ「いらけれ」

一週間前のことって、どうやって思い出すのだろう。確か、結構な雨が降っていた気がする。梅雨だからだろうか。うっとおしいなと思った。

それにしても、写真が下手すぎやしないだろうか。スマホを安物に変えたとはいえ、程度というものがあるだろう。別に、きれいな写真を撮りたいわけではないし、どうでもいい。

日記とは、全然自由なものではなく、そこには様々なことがあったし色んな人がいたけれど書けない。それらはすべて、いつか僕に書かれるためにあり、まったく別の形に変奏されるためにあるのだ。

友人と行った、この日の公演自体はとても面白く、今年一番笑った。見に行くといつも、「そこに人がいる」というのは思いの外パワーがあって、画面越しに見るのとは全然違うんだな、と思う自分がいる。しかし、生中継との本質的な差異は分からないのだ、なぜなら、その回を客席で見るということは、まったくプレーンな状態で、映像で見ることはできないということだから。

家見舞はスタンダードナンバーなんだなあ。ラジオの番組とかでも、色んな人がやっているのをよく聞く。家に帰って、その日のTBSラジオの朝番組をチェックした。客席にいた人は、みんなそうだろう。ただただ、ラジオで聞いたマジックを、そのまま話して面白いのはすごいなと思った。

王道の野ざらし。技術に感心する。年齢が近いのだ。尊敬する。

怒涛のまくらが20分弱。もちろん、現在進行形で見ていたときには思わないことだが、まくらを話していた人が、落語を演じているというより、落語の中の人が、まくらを話していたというような印象すら、終わって振り返ったときには抱いた。

衝撃。これに似た感覚が……と思い出していたのだが、昔昔亭桃太郎をシブラクで初めて見たときの、あの、笑いという名の角棒で殴られるような感じだ。構成とかストーリーとか、めちゃくちゃやっている一方で、実は、相当に細かい操作(後の素っ頓狂なセリフを観客が受け入れられるように、それより若干弱めで似たような語感のセリフを先に言っておく、など)をしていると思うのだが、高座の間は、そんなこと気が付かないぐらいに、ただただ笑っていた。

その後、久米川まで戻って飲み。メキシコ料理屋で。チョコレートソースがかかった肉とか、サボテンのサラダとか、初めて食べるものばかりだったけど、来るもの来るものうまくてビビる。テカテビールもおいしかったし、また行きたい。とにかく笑って、おいしいものを食べて、幸福な一日だった。

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※変えたばかりのスマホ、写真がうまく撮れない。それにしても、程度ってものがあるんじゃない?

それで、国分寺から中央線に乗って、渋谷まで移動したのは、「渋谷らくご」の開演時間が迫っていたからだ。お腹もすいていたし、ギリギリになりそうで焦っていたが、それでも、ユーロスペース近くの家系ラーメン屋で、サービスで付いてくるご飯と、とんこつ醤油ラーメンをガツガツ食べて、お腹をパンパンにしても、10分前には席に着くことができた。

お目当てだったのは、「各賞受賞者の会」というやつで、12月の「しゃべっちゃいなよ」創作大賞を決める客席にいた僕は、その時から、受賞者を集めた会が行われるだろうと予測していて、その時から、そうした会があれば見に行こうと思い、楽しみにしていたのだ。

笑福亭羽光「悲しみの歌」
創作大賞を獲得したことで、好影響があったという羽光さん。あの場にいた者として、なんだか嬉しくなってしまう。
「ペラペラ王国」とはテイストが違って本領発揮?の私小説落語は、やはり青春時代の馬鹿馬鹿しさを思い出すものだった。くだらなかったなあ。

柳亭市童「転失気」
一方、面白い二つ目賞をもらっても、何も変わらずという市童さん。聞いてて、めちゃくちゃ気持ちいい。
軽い噺も素晴らしかったけれど、もっと長い時間見たかったし、色んな演目を聞きたいと思った。いつかあるだろうシブラクのトリ公演も見に行きたい。

瀧川鯉八「サウスポー」
渋谷らくご大賞を、実質?4年連続で受賞している鯉八さん。いや本当に、この人に出会わせてくれたことをシブラクには感謝したいし、その活躍ぶりからすれば、4年連続受賞と言っても間違いじゃない…です、はい。
「サウスポー」は、ネタバレしたくないからあまり説明しないけれど、人間の才能を巡る話で、自分でも考えたことのあるテーマが真ん中に置かれた新作だった。みんなに、鯉八さんを追いかけて聞いてほしい、そしてみんなと語り合いたいと思った。

とても満足して、会場を後にした。大きな余韻の波に浮かび、一人振り返って噛み締める帰り道。誰かを気にすることも、誰かに気にされることもなかった。共有しない時間が愛おしいと思った。

山手線を降りて、乗り換えた西武線の車内はとても混んでいて、立錐の余地もないほどだ。ツイッターを開いて、流れてきて気になった現代ビジネスの大澤真幸の記事(「ある社会学者が、急に重い鬱病を発症してから偉大な仕事をした理由」)を読んでいる途中で、駅に着いた。僕らしく、あらゆることが中途半端なままに、明日は企業説明会だったが、なんとか頑張れそうな気がした。

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朝5時にメールを書き、送信し終えて眠った。起きて、挙動不審な様子でラジオを聞きながら、家の周りを歩いて、耐えられなくなって帰ってきて、部屋でドキドキしたりしていたら、もう出発の時間になっていた。

この日は、友人と二人で「渋谷らくご」に行った。18時から1時間の会だった。

開口一番の小痴楽さんも触れていたが、会場に女子高生の三人組が来ていて驚く。冒険しているのだなと思い、なんだか羨ましく思った。『宇宙よりも遠い場所』を思い出し、友人にはその話をした。

小痴楽さんの高座は、時間が押すほど枕がたっぷりで面白かった。それに、とても自由で、途中に考えてきたネタを忘れてしまったという理由による”空白の時間”はあるし、小痴楽さん自身「失礼だったね」というほどの、女子高生いじりはあるしで。それでも、それらがすべて笑いに変わっていくのだから、やはり落語家、噺家という人々が、座布団の上にいるのって、最強なのではないだろうか。

太福さんも熱演だった。後に、別の出番があるのが信じられないほど。声、そしてフィジカルにまず驚く。浪花節とも言われる浪曲のこと、「男はつらいよ」シリーズという題材との相性がとても良くて、もちろん、「映画の登場人物に似ていない」というギャグなどもあり、「男はつらいよ」を見たことがないのに、非常に面白かった。映画も見てみようと思った。小痴楽さんのおかげで(?)、予定より遅い時間に会は終了し、外へ出た。

電車に乗って地元へ帰る。西武線の車内に貼られたマンションの広告には「グラマラスなキャンピングができるレジデンス」というキャッチコピーが付いていて、二人でひとしきりいじった。まず、マンションがあるんだから、キャンプしなくて良くないか。

電車内でも、この後どうするのかということについて会話していたが、結局、はっきりとした結論が出ないまま駅に着いた。駅の柱に貼ってあった地図を見たら、それに名前を載せている店が良さそうだったから、とりあえずそちらに向かったが、その道すがらにある店に入った。

かなり入りにくい店構えだったが、その場のノリで扉を開けた。ここが大当たりで、飯がめちゃくちゃ美味かった。料金も決して高額ではなく、久米川とは思えないクオリティだ。炒った銀杏と鯛めしに、感動させられると思わなかった。僕が、常連になりたいと思った、この良い店がどこかにあるかって?それは教えられないな。

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びっくりすることがあるとすれば、たった数日前のことも、この”ここ”から過ぎてしまえば、その手触りがほとんどなくなってしまうということで、だから、あったことをちぼちぼと思い出していこうと思う。

あの日は、その前々日に放送されていた『ラジオ寄席』を聞きながら出発して、でも、途中で変えたんだった。これから落語を聞くというのに、さすがに違うかなと思って。行きの電車で見た空は真っ青で、気を良くしていたのだが、山手線が混んでいてガッカリする。自分もその中の一人なのに、東京一極集中はいけないな、などと考えていた。

そうだ、それで聞いていたのは『文学賞メッタ斬り!』のスペシャル番組で、芥川賞・直木賞候補の解説と、受賞者の予想などを楽しんでいた。これまでの候補作どころか、受賞作だってほとんど読んでいないのに、ずっと『メッタ斬り!』を読んだり、聞いたりしているから、さまざまな作家や、小説の内容を知っている自分。そういう自分が相対化されていく。しかしまあ、手品よりも、手品の種明かしが好きだったり、批評が好きだったりというのは、昔からなのだから、そういう性分なのだろう。

ユーロ近くの家系ラーメン屋に入る。その時点でお客さんが一人で、その人も、僕とすれ違いで出ていってしまった。食べている終盤に、一人は入ってきたけれども、つまり、ほとんどの時間で貸し切り状態だった。以前は、お客さん普通に入っていた気がするけどなあ。なんか変わったんかなあ。無料で付いてくるご飯まで、しっかり食べた。

二階では、会員になる手続きができない。三階に行って、昨年の八月で切れていた会員証を更新する。また通うという、気持ちの表れなのだろうか。本当に通うことができれば、間違いなく得になるけれども、でも、行くことがなくなって損になっても、それがユーロスペースのためになるのならば、それはそれでいいかと、柄にもないことを思った。

おさん師匠は、一人遊びをしている姿がよく似合う。馬石師匠が「ダラダラ」と表現されていた、あの四季についての「こいつぁ極楽だ」みたいな滑り出しから、一人で爆笑した話を経由して、全部一人でやる「二階ぞめき」まで、ずっと幸せだった。

馬石師匠はさすが。(客が使う言葉じゃないことは承知の上で)渋谷らくごにしては、客が非常に「重かった」、それは何十回とこの会場で見ている僕が、これまでに経験したことがないくらいだった(前説にタツオ氏が登場しても、拍手がなかったし)が、しっかりと大きな反応を引き出していたから。落語を知らない友達にすすめるならば、この人だろうというぐらい、間違いのない人だ。

興味深かったのは「妾馬」(最後、馬石師匠は「八五郎出世の一席」って言ってたと思うけど)の、あの殿様に語りかける印象的な場面が、かなりアッサリ演じられていたと、そのように感じたこと。俗っぽくしない、くどくしないという美学なのかなあ、というようなことを考えながら、帰りの電車はもっと混んでいた。

一駅前で降りて、歩く。普段降りない駅の周りは、車窓からでは見えていない部分がいっぱいあって、ああ、石材店が駐輪場になっているんだな、とか、いろんなことに気づく。結局、『ラジオ寄席』を聞いている。通り道である墓場は真っ暗。目が利かない。向こうから人らしき影がやってきて、僕が左に避けたら左に、右に避けたら右に来たから、舗装されているところを出て、木の近くまでこちらが避けたら、すれ違えたけど、あれ、人だったんだろか。今になって、すごく怖くなっている。

このような終わり方をしたら、あなたも眠れなくなったり、夜中にトイレに行けなくなったり、しないだろうか。しないだろうな。