ブログ「いらけれ」


※変えたばかりのスマホ、写真がうまく撮れない。それにしても、程度ってものがあるんじゃない?

それで、国分寺から中央線に乗って、渋谷まで移動したのは、「渋谷らくご」の開演時間が迫っていたからだ。お腹もすいていたし、ギリギリになりそうで焦っていたが、それでも、ユーロスペース近くの家系ラーメン屋で、サービスで付いてくるご飯と、とんこつ醤油ラーメンをガツガツ食べて、お腹をパンパンにしても、10分前には席に着くことができた。

お目当てだったのは、「各賞受賞者の会」というやつで、12月の「しゃべっちゃいなよ」創作大賞を決める客席にいた僕は、その時から、受賞者を集めた会が行われるだろうと予測していて、その時から、そうした会があれば見に行こうと思い、楽しみにしていたのだ。

笑福亭羽光「悲しみの歌」
創作大賞を獲得したことで、好影響があったという羽光さん。あの場にいた者として、なんだか嬉しくなってしまう。
「ペラペラ王国」とはテイストが違って本領発揮?の私小説落語は、やはり青春時代の馬鹿馬鹿しさを思い出すものだった。くだらなかったなあ。

柳亭市童「転失気」
一方、面白い二つ目賞をもらっても、何も変わらずという市童さん。聞いてて、めちゃくちゃ気持ちいい。
軽い噺も素晴らしかったけれど、もっと長い時間見たかったし、色んな演目を聞きたいと思った。いつかあるだろうシブラクのトリ公演も見に行きたい。

瀧川鯉八「サウスポー」
渋谷らくご大賞を、実質?4年連続で受賞している鯉八さん。いや本当に、この人に出会わせてくれたことをシブラクには感謝したいし、その活躍ぶりからすれば、4年連続受賞と言っても間違いじゃない…です、はい。
「サウスポー」は、ネタバレしたくないからあまり説明しないけれど、人間の才能を巡る話で、自分でも考えたことのあるテーマが真ん中に置かれた新作だった。みんなに、鯉八さんを追いかけて聞いてほしい、そしてみんなと語り合いたいと思った。

とても満足して、会場を後にした。大きな余韻の波に浮かび、一人振り返って噛み締める帰り道。誰かを気にすることも、誰かに気にされることもなかった。共有しない時間が愛おしいと思った。

山手線を降りて、乗り換えた西武線の車内はとても混んでいて、立錐の余地もないほどだ。ツイッターを開いて、流れてきて気になった現代ビジネスの大澤真幸の記事(「ある社会学者が、急に重い鬱病を発症してから偉大な仕事をした理由」)を読んでいる途中で、駅に着いた。僕らしく、あらゆることが中途半端なままに、明日は企業説明会だったが、なんとか頑張れそうな気がした。

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朝5時にメールを書き、送信し終えて眠った。起きて、挙動不審な様子でラジオを聞きながら、家の周りを歩いて、耐えられなくなって帰ってきて、部屋でドキドキしたりしていたら、もう出発の時間になっていた。

この日は、友人と二人で「渋谷らくご」に行った。18時から1時間の会だった。

開口一番の小痴楽さんも触れていたが、会場に女子高生の三人組が来ていて驚く。冒険しているのだなと思い、なんだか羨ましく思った。『宇宙よりも遠い場所』を思い出し、友人にはその話をした。

小痴楽さんの高座は、時間が押すほど枕がたっぷりで面白かった。それに、とても自由で、途中に考えてきたネタを忘れてしまったという理由による”空白の時間”はあるし、小痴楽さん自身「失礼だったね」というほどの、女子高生いじりはあるしで。それでも、それらがすべて笑いに変わっていくのだから、やはり落語家、噺家という人々が、座布団の上にいるのって、最強なのではないだろうか。

太福さんも熱演だった。後に、別の出番があるのが信じられないほど。声、そしてフィジカルにまず驚く。浪花節とも言われる浪曲のこと、「男はつらいよ」シリーズという題材との相性がとても良くて、もちろん、「映画の登場人物に似ていない」というギャグなどもあり、「男はつらいよ」を見たことがないのに、非常に面白かった。映画も見てみようと思った。小痴楽さんのおかげで(?)、予定より遅い時間に会は終了し、外へ出た。

電車に乗って地元へ帰る。西武線の車内に貼られたマンションの広告には「グラマラスなキャンピングができるレジデンス」というキャッチコピーが付いていて、二人でひとしきりいじった。まず、マンションがあるんだから、キャンプしなくて良くないか。

電車内でも、この後どうするのかということについて会話していたが、結局、はっきりとした結論が出ないまま駅に着いた。駅の柱に貼ってあった地図を見たら、それに名前を載せている店が良さそうだったから、とりあえずそちらに向かったが、その道すがらにある店に入った。

かなり入りにくい店構えだったが、その場のノリで扉を開けた。ここが大当たりで、飯がめちゃくちゃ美味かった。料金も決して高額ではなく、久米川とは思えないクオリティだ。炒った銀杏と鯛めしに、感動させられると思わなかった。僕が、常連になりたいと思った、この良い店がどこかにあるかって?それは教えられないな。

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びっくりすることがあるとすれば、たった数日前のことも、この”ここ”から過ぎてしまえば、その手触りがほとんどなくなってしまうということで、だから、あったことをちぼちぼと思い出していこうと思う。

あの日は、その前々日に放送されていた『ラジオ寄席』を聞きながら出発して、でも、途中で変えたんだった。これから落語を聞くというのに、さすがに違うかなと思って。行きの電車で見た空は真っ青で、気を良くしていたのだが、山手線が混んでいてガッカリする。自分もその中の一人なのに、東京一極集中はいけないな、などと考えていた。

そうだ、それで聞いていたのは『文学賞メッタ斬り!』のスペシャル番組で、芥川賞・直木賞候補の解説と、受賞者の予想などを楽しんでいた。これまでの候補作どころか、受賞作だってほとんど読んでいないのに、ずっと『メッタ斬り!』を読んだり、聞いたりしているから、さまざまな作家や、小説の内容を知っている自分。そういう自分が相対化されていく。しかしまあ、手品よりも、手品の種明かしが好きだったり、批評が好きだったりというのは、昔からなのだから、そういう性分なのだろう。

ユーロ近くの家系ラーメン屋に入る。その時点でお客さんが一人で、その人も、僕とすれ違いで出ていってしまった。食べている終盤に、一人は入ってきたけれども、つまり、ほとんどの時間で貸し切り状態だった。以前は、お客さん普通に入っていた気がするけどなあ。なんか変わったんかなあ。無料で付いてくるご飯まで、しっかり食べた。

二階では、会員になる手続きができない。三階に行って、昨年の八月で切れていた会員証を更新する。また通うという、気持ちの表れなのだろうか。本当に通うことができれば、間違いなく得になるけれども、でも、行くことがなくなって損になっても、それがユーロスペースのためになるのならば、それはそれでいいかと、柄にもないことを思った。

おさん師匠は、一人遊びをしている姿がよく似合う。馬石師匠が「ダラダラ」と表現されていた、あの四季についての「こいつぁ極楽だ」みたいな滑り出しから、一人で爆笑した話を経由して、全部一人でやる「二階ぞめき」まで、ずっと幸せだった。

馬石師匠はさすが。(客が使う言葉じゃないことは承知の上で)渋谷らくごにしては、客が非常に「重かった」、それは何十回とこの会場で見ている僕が、これまでに経験したことがないくらいだった(前説にタツオ氏が登場しても、拍手がなかったし)が、しっかりと大きな反応を引き出していたから。落語を知らない友達にすすめるならば、この人だろうというぐらい、間違いのない人だ。

興味深かったのは「妾馬」(最後、馬石師匠は「八五郎出世の一席」って言ってたと思うけど)の、あの殿様に語りかける印象的な場面が、かなりアッサリ演じられていたと、そのように感じたこと。俗っぽくしない、くどくしないという美学なのかなあ、というようなことを考えながら、帰りの電車はもっと混んでいた。

一駅前で降りて、歩く。普段降りない駅の周りは、車窓からでは見えていない部分がいっぱいあって、ああ、石材店が駐輪場になっているんだな、とか、いろんなことに気づく。結局、『ラジオ寄席』を聞いている。通り道である墓場は真っ暗。目が利かない。向こうから人らしき影がやってきて、僕が左に避けたら左に、右に避けたら右に来たから、舗装されているところを出て、木の近くまでこちらが避けたら、すれ違えたけど、あれ、人だったんだろか。今になって、すごく怖くなっている。

このような終わり方をしたら、あなたも眠れなくなったり、夜中にトイレに行けなくなったり、しないだろうか。しないだろうな。

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2018年12月18日に、渋谷らくご「しゃべっちゃいなよ」を見てきた。一年間行われてきたネタおろし会の傑作選であり、そのなかから大賞を決める回だ。僕は、2015年の第一回から3年連続で見てきて、今年で4年連続となった。毎年、奇跡が起こる回だし、なんなら、その年一番声を出して笑うのが、この回かもしれない。それは今年もそうで、だから皆さん見に行かれるといいと思いますよ、来年の12月には。チケットは争奪戦だけど。


「渋谷らくご大賞 おもしろいい二つ目賞」を受賞した柳亭市童さんと瀧川鯉八さん。市童さんは、今年高座を見ることができてよかった。「夢金」すごかったなあ。同年代ということで、応援していきたい落語家さんの一人だ。鯉八さんは、今年この日の高座まで見ることができなくて悔しかった。ラジオだけじゃなくて、本業の方も追いかけていきたい。ああ、帰りに「大成金」のチケットを売っていらしたのだが、「ちゃおら~です」と言うべきだった、言うべきだったことに今、気付いた。相変わらずぼんやりしている。


「ペラペラ王国」で「創作大賞」を受賞をした笑福亭羽光さんと、それを囲む4名。それぞれに特色があり、ワールドを持っている人同士の争いで、「創作落語」と言いながらも、まったく違う山を登っている人たちなのだなあと、そりゃ審査は難航するだろうなあと思った。しかし、なかでもこの日の羽光さんの高座は、やはり飛びぬけていたように感じられた。落語でありながらメタ構造を用いて、しかし、複雑な構造がちゃんと理解できて、物語が面白いだけではなく、さらに語られる言葉の、細かいツッコミまで笑えるという。また、おじいさんと孫が、あることに気づく(ある可能性に言及する)途中の展開にはぞくぞく。そこからつながるオチも見事で、本当に素晴らしかった。

昇羊さんは、以前現代を舞台とした新作を見たことがあったので、創作古典でのチャレンジに驚いた。そしてその完成度が非常に高かったので、不利なトップバッターながら大賞を感じさせる高座だった。仕草だけで、あの爆笑を巻き起こすのだから!

きく麿師匠は、シブラクの生配信で見た「だし昆布」に続いて、この日もすごかった。笑い死ぬかと思った。衝撃を受けたという意味では一番。だってだって…と分析して語りだすと、1時間ぐらいかかるような(実際1時間ぐらい友人と話しました笑)、この体験を反芻しながら、これを自分の創作に取り入れたい!(無理!)

鯉八さんは、いつもの世界観炸裂。小さな心の動き、機微を二人の会話で増幅させて、コミカルに描くのがすごい。「都のジロー」にも、通じるところがあるような。ただ、羽光さんが下ネタを封印して大賞だったように、チャレンジが受け入れられやすい場なので、むしろ鯉八さんらしくない創作の方が、コンテスト的には有利だったのかもしれないなと思った。

昇々さんも、同じ理由で不利だったように思う。また、最後という順番も、客としての体力的に笑い疲れていたところが(少なくとも僕には)あった。でも、それでもあの爆笑ですもの。高座での動きを含めた生の魅力や、その面白さは、もう誰もが認めるところ。僕は、昇々さんの作る落語の、登場人物の人間らしさが大好き。勝手ながら、この先も新しい落語を作り続けてもらいたいと思う。

いや~、やっぱり「しゃべっちゃいなよ」は最高だし、そのクオリティと、この先の未来を担保しているのは、なんといっても彦いち師匠なのではないだろうか。だって、一番ムチャクチャな話をしてるんだもの!大将が、一番破天荒というところに勇気をもらい、希望を感じましたとさ。おしまい。