出会いのない別れ
今朝は西武線が停電して上石神井かどこかの駅で止まっていた。「停電による車両故障のため……」というアナウンスに、故障したから停電してるんじゃないんだ、と思った。暖房も切れて、それでもドアはずっと開いたままだったから、閉めてくれればいいのに。手袋をしたら、本をめくるのが難しくなった。
会社の行き帰りに柴崎友香『フルタイムライフ』を読んでいると、ずっと仕事場にいるような気になる。こう書くと悪いことみたいだけど全然違って、むしろ心地がよいから不思議だ。私が勤めているのは、こんな会社じゃないからだろうか。人間が別の世界の、違う社会の、そこで暮らす他者について考えてみるのは、小説を読んでいる間だけなのかもしれないと思った。
ちなみにあらすじはこんなだが小説は全然違って、「なれない仕事」の内容が展示会の受付でレモンイエローの変な制服を着なきゃいけないとか、訪ねてきた営業に一人で応対するけれどお互い新入社員だったから会話がぎこちないとか、そういう話でよかった。
小説にすれば、私も書くことができるだろうか。東京メトロの定期券は一段と高く、西武線は拝島ライナーのあとに各駅停車がきて、その次に準急がきて泣きそうになる。もう9時だというのに、なんでも伝染ってしまいそうなほど混雑した車内で、つり革に掴まった。
前に座っていた女の人がとても大きな楽譜を取り出したから、少し重心を後ろに傾ける。ページの端が折れ曲がっているそれとくっつきそうだった顔が、上を向いたのに目が合わなかったのは目が閉じられていたからで、その瞼を見て私は、ああ今この人のなかに、この瞬間に、音楽が、音楽が流れているんだ! と思う。したたか感動して、気がついたらもう泣いている。よっぽど「今、今、聞こえているんですね」って話しかけたかったけれど、そんなことはこの社会では許されていない気がして、やめておいた。そのうち電車は駅に着いて、出会ってないのに別れた。
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