ブログ「いらけれ」

<記事を作成できるまで待って>

ブログ「いらけれ」

非常に勢力の強い台風は、この場所も襲って、僕はその様を見ていた。夜中から降り始めた雨は、ある時には、ひどい夕立のようになった。激しい風の、その強さも、木の枝が大きく揺れる姿で確認した。灰色しかない空の濃淡で、雲の流れる異常なスピードが分かった。

家の近くにだって川は流れているのに、川が氾濫したということが、一つのニュースとしてしか受け止められない。安全圏なんてないのに、自分が安全圏にいると思っている。他人事だと思っている。

それでも日記を書こうと思ってしまったのは、僕の傲慢さなのかもしれない。でも、ここにはデマもヘイトも陰謀論もないから、少しは安心できるはずだ。見ず知らずの眠れない誰かが読んで、退屈すぎてウトウトしてくれたら、それだけでもいいし。

ただし、部屋の真ん中に座り続けていた一日だったから、ビックリするほど書くことが無いんだよなあ。人体切断イリュージョンを見た時ぐらいのビックリだ。
あ、そうそうTVerで『人間性暴露ゲーム 輪舞曲~RONDO~』は見た。正体隠匿系のゲームで遊ぶ番組。解説者として出演していた伊集院光が、抜群の仕事をしていた。ボードゲーム好きで、分析力とコメント力が確か。出てもらえれば勝ちという感じの人選だから、「オファーした人、分かっているねえ」と、嫌な視聴者みたいな感想を持った。
第2ゲーム目の最後は「おおっ」と思う結末だったわけだが、公式サイトでルールを読んだら、「おおっ」と思う結末ではなかったことが分かった。

※以下ネタバレ注意。10月26日まで視聴できるようなので、見てから読むことをおすすめする。


「魔女狩り」での勝利を、「独身」の松丸は「これしか生き残る道はない」と語っていたが、実はそうではなかった。お互いの役職が、「独身」だと考えている松丸と若槻は、そのままお互いに「プロポーズ」をしても、勝利していたはずだ。

「独身」チームがプロポーズし合っていた場合、「結婚相手」の指名権を得るのは、最多得票(2票)を集めた「既婚者」の高橋か松丸。同票のため決戦投票となるが、そこで若槻が心変わりをしなければ、仮に松丸が指名権を得たとしても、若槻を選んで勝利となる(幸せな結婚)。

そして、「魔女」の長谷川と「貧乏人」の指原が、「プロポーズの時間」と同じく高橋を選び、高橋が指名権を得たとしたら……。
ここで、番組内では明確に語られていなかったと、私は思っているのだが、見逃していたらゴメンナサイなルールが問題となる。それは、【「悪人」チームと呼ばれる、「独身」以外の役職陣で結婚が成立した場合、「独身」チームの勝利となる】というものだ。

つまり、「既婚者」高橋が指名権を獲得する上記パターンの場合、「結婚相手」に選べるのは「魔女」か「貧乏人」であるため、公式サイトに載せられたルールの表現を借りれば、「独身に不幸が訪れなかった」として、「独身」チームが勝利となるのだ。


ふう。思っていたより長くなってしまった。どうやら僕は、ゲームの細かい戦略やルールについて考えるのが、とても好きみたいだ。しかしまあ、これぐらいのことは、誰でも書けることだから……とか言っていたら、まっさらだった明日のスケジュール帳に、ボードゲームをする予定が入る。すごい偶然、というほどでもないのは、僕から水を向けたからなんだけど。やったーと思って、今日は大人しく寝よう。

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明日は外へ出られないかもしれないと思って雨は降っていたけど出かけた。

これは本当のことだろう。記憶ではそうなっている。最近は本当の事ばかり書いている。本当の濃度が濃くて息が詰まる。不自由が嫌になる。

教養がなくて勉強もしない人はゲームをやるか思い出を語るか暴露をするかしかなくなっていく。そういうユーチューブチャンネルをたくさん知っている。そういう他人に苛立っている。つまりそういう自分にも苛立っている。

雨はそこまででもなかった。たまに強くなった。大体は傘を差すほどでもなかった。風もそこまでではなかった。一度だけ傘が裏返った。そこは熱帯魚を売っている店の前だった。大きなガラス窓だった。割れたら大変だなと思った。窓ガラス一つとってもテープを貼った方がいいとか悪いとか意見が割れていた。期せずしてジョークになった。

木のこぶが巨大な昆虫のような形をしている。霊園のフェンス沿いに木が並んでいる下を歩く。葉と葉の間の橙色に金木犀かなと思ったが違った。今年はまだ金木犀の香りを感じていない。言葉が海を渡ることにも時代を超越することにもリアリティが持てない。そんな切実さを持って言葉を発する人はもういない。瞬間的に花火のように爆発して散る。誰もがそれで構わないと思っている自殺の季節だ。

聞けば答えが返ってくると思っている内は子どもだった。探ればすべてに原因があると考えている内は幼かった。空に開いた穴を鏡に映したみたいに地面が陥没した。これはSFではなかったしCGでもなかった。とてもリアルな映像のVRみたいだと思った。ただし私たちに驚きを与えたのは数週間だった。すぐに見慣れた。報道は良い宣伝になった。すぐに観光地になった。すでに写真家たちが何枚も撮影した真っ暗な空間を素人たちが挙って撮った。何人か落ちて柵ができた。向こうにも街があった。一大決心をして居を構えることにした人がいた。その家があった。使われなくなった子ども部屋にモビールが吊るされていた。ろう石で円が描かれた道があった。白線の上をトラックが走って揺れた。それらをすべて覚えていた土地がなくなった。故郷を失った人がいたことを忘れてはいけなかった。そのはずだった。

家に着くと電話がかかってきた。台風のせいで予定が飛んだ。明日は一人で何をしよう。部屋のなかでもできること。幸いなことにやりたいことが見つかった。やりたいことがあって幸せだ。みんなが幸せだったらいいと迂闊にも思った。

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頭の真ん中で、右脳と左脳を擦り合わせるイメージをした。日記とは、そのようにして書くもの……だったっけ?

私たちの世界が、私たちの言葉でいっぱいになる。私たちみたいに、愚かな者どもの言葉で。

音楽を聞くことですら、厳しいと感じた。

手前で急に進路を変えた女の人に先を譲って、乗ったエスカレーターのステップで、お金が欲しいと思った。

何もできずに死んでいくのに、人生の長さは丁度良い。

クロマニヨンズの甲本ヒロトと真島昌利がラジオに出ていたと知って、半分流しながら聞いた。落書きのように曲を作ると言っていたように聞こえた。それは結局、保坂和志が常々言っていることと同じなのだろうか。違うのだろうか。

大抵の人は結局、砂金探しを諦めるということなのだろうか。そのようにして書くということは、川底の砂をふるいにかけて、小さな金を見つけるようなものだ。金塊じゃない。大した金にもならないというか、金にするつもりすらなく、最後にはまた、集めた金を川に流してしまう。上手くなるつもりもないが、やめるつもりもない。ただ、その輝きに心を奪われている。それだけで、続けてしまう。

ずっと売れずに、売れないまま解散したバンドの、売れなかったアルバムの一曲目が、スーパーマーケットの一角で再生された。機械がランダムに選んだその曲で、胸がいっぱいになって泣いた。間違って配られたものを、間違って受け取ってしまったと思った。すべてが終わった後に、こうして感動していても、一銭にもならないことが、とても悔しかった。こんなはずじゃなかった。もう何も、間違わないことを願っても、仕方がないと分かっているから、やっぱり泣くしかなかった。

このビル全体で、ハロウィンをするらしい。「ハロウィンをする」って何だろう。ハロウィンをしないし、したこともないから分からない。ハロウィンといえば、『カウボーイビバップ 天国の扉』だ。最近見ていないけれど、一番に思い出す。かなりシリアスな作品だが、でもヴィンセントってさ、ソリタリアが云々言ってるけどさ、部屋で一人、ウイニングイレブンと将棋ウォーズばかりやってる俺と同じじゃんって思う。冗談が通じない世界なので、一応書いておくけれど、もちろん同じではないし、同じだと思っていない。

思ったことを言っているつもりで、思っていないことを言ってしまう前に、本当に思っていることを探り当てるまで、僕は何も書けない。時間を掛けている。人生を賭けている。

(人として欠けている)