ブログ「いらけれ」

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ブログ「いらけれ」

だから、ひねくれ者と言われるのだ。旅の真っ最中なのに、裏道へと入ってしまう。そこに住んでいる人みたいな顔をしていたら、時代の付いた喫茶店のカウンターに一人立つおじさんが、こいつ入ってくるのかという顔で、変な表情が向き合ってしまった。東京から遠く離れた。旅館みたいな建物に、トヨタレンタリースと書かれた看板が出ている狭い道を抜けよう。

ここは狭い道の方が少ない。とにかく、ほとんどの道の幅が広くて、歩くために作られていないことが分かる。ビルを避けるかのように左へとカーブした道の先、視界が開けたところで立ち尽くしてしまう。そこから見える景色が、えげつない美しさだったから。まるで背景ではなく、主役級の存在感。

上り坂。向こうは青空なのに、小雨が降ってきた。日が当たらないと、メントールを含んでいるみたいな空気が、より一層冷たい。水滴で、上手く操作できないグーグルマップを確かめたら、道を間違えている。マフラーから出ている耳が痛くなって、昼飯時、ぞろぞろと出てきた人々の間で、泣きそうになっている。それでも、上り坂を行く。

30分で着くはずだった僕は、参道の入り口にいた。正規ルートを辿ってきた観光客に混ざった。ようやく雲が晴れて、土産店や茶屋が賑やかで、気分が高揚してくる。ずっと上ってきたこともあって、汗ばんだ首元からマフラーを外した。すれ違ったツアーガイドの説明が耳に届いて、足元の石畳は確かにきれいだ。

そんなこんなで、やはり観光は苦手である。謂れを知ろうともせず、信仰もないように見える人々は、なぜここにいるのだろうと考えてしまう。なぜ写真を撮っているのだろう。それはスタンプラリーのようなもの、あるいは、とにかく長い歴史があるということのありがたみ……他に行くところもないからと、ここまで来てしまった僕も、同じ穴の狢なのだが。
簡単には行けないからありがたいという、つまり、神聖さの源泉となっているものの一つが距離なのだとしたら、その反対にある気軽さが生み出すものは経済効果だけではなく、大切な何かを塗りつぶしてしまっているのだろうと思った。申し訳ないから、本堂をぐるりと一周して、しっかりと目に焼き付けた。

まだ時間はあるけれど、とりあえず駅方面に戻ろう。途中、本屋があったから寄ってみた、客はおじいさん一人、どうしてこうなってしまったのだろうという酷い本の並ぶ棚の横、エッチな雑誌を開いていた。真っ昼間。リアリティにクラクラしながら店を出て、坂を下って、少しすると左手に、大きなアーケード街がある。おそらく僕は、ここに足を踏み入れるのだろう。

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新幹線のなかでは、文学フリマで購入した『クライテリア4』を読んでいた。それは、帰りの新幹線でも同じだったが、その時はまだ、そのことを知らなかった。少しずつ市街地を離れていき、山々や畑かと思ったら、デザインされた軽井沢が出てくるという景色を、このまま見ていたいという気持ちもあったから、窓から差し込む光は遮らなかった。白い紙が、太陽を反射していた。

本来、批評に託されているはずの(本文中のさやわか氏の言葉を借りれば)「語りや読みを多様化させる」という、それは、単純な善し悪しや、何を買えばいいのかを言うことではない仕事が、どうにも難しくなってしまった世界に生きている。これほどまでに豊かさが失われてしまった理由は想像に難くないし、Web上に無価値な文章を撒き散らして金を稼いでいる僕も、その片棒を担いでいるのかもしれないと思う。ネッカーの立方体のように、こうだと思ったものが引っ込み、新しい視点が飛び出してくる瞬間を、物事の見え方が変わってしまう批評を、僕は知っている。現代においてそれは、とても幸福なことなのかもしれない。出来れば、書くものに別の可能性を忍ばせたい、そうして誰かに、批評という果実を手渡したい。

平日の昼間には弛緩した空気が漂っていて、今度は、目の前のネットからフリーペーパーを取った。こういうところでエッセイを書ける人になりたい。載っていた角田光代の文章は、震災から立ち上がり、始められた飲食店について、そうした頑張りが、そこで飼われている犬の日常も取り戻したのだという、はっとする内容だったように記憶しているが、読んでからかなり時間が経ってしまったから、細部が合っているかどうか、自信が持てない。

足元から伝わる振動が、読書に集中させてくれていた。あっという間の1時間で、眼前に現れた山の立派さに驚く。それ以上にびっくりしたのは、山にかかっている雲が、地表に近いところに浮かんでいることだった。山水画で見たことがある、そんな風景だった。後に尋ねたところ、街中の標高が3、400mだという。言葉にはしなかったけれど、それを聞いた僕は、「マジか、すごいな……」という顔をしていたに違いない。

枕の位置と席の傾斜を元に戻してダウンジャケットを羽織り、手袋と帽子とマフラーを身に着けたから、11時半の長野駅は暖かくさえあった。15時に会うことになったから、まずは、置いてある観光マップを手にした。よし。とりあえず、知らない街を歩きながら、善光寺を目指そう。

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武蔵野線で座り、あまりにもねっとりとした車内アナウンスに、僕の目は覚めない。しかし、またすぐに乗り換えなければならない。「めざましテレビ」を目にしたのは、とても久しぶりだった。インナーウェアを着込んで家を出た。なんとか予定通りだった始まりは、埼京線の遅延によって乱された。僕は、余裕を持って出てこなくてよかったと思った。30分遅れの電車がホームに入ってくる前に、「黄色い点字ブロックの内側でお待ちください」と言うから、確かにそれは正しい描写ではあるけれど、と思った。

新幹線の出発時刻が迫っている。焦る。車窓から見える埼玉に、何かを思う暇もない。大宮駅に飛び出して、表示を頼りに新幹線のホームを目指す。エスカレーターがじれったい。座席は予約済み、そして、券売機での発券方法もチェック済みだ。ユーチューブに動画があったから予習しておいてよかった。ただ、「クレジットカードご利用票」というのが、券と一緒に出てくるのを知らなかったから、とにかく焦って、よく確認しないまま改札に入れて止められ、駅員さんに通り方を尋ねなければならなかった。一人で新幹線に乗ったことさえないという事実が、露見してしまった。恥ずかしさを抱きながら、2分後にやってきた車両へと乗り込んだ。

10時10分発あさま607号の7号車、3番Eという2列シートの窓側に腰を下ろす。周りを伺いながら、正しい振る舞いを探す。とりあえず、すでに前の席がこちらへと傾斜していたから、直角に近い背もたれを、僕も少し後ろに倒す。それでもなんだか違和感が残っていたのは枕のせいで、それを上下に動かせると気が付いたのは、「安中榛名は紅葉中!」というタイトルはどうだろうか、小説に、などと取り留めもなく考えていたときだった。

車内販売はないが、喉が渇いている窓の外は、まだ西武池袋線から見える景色と大差ないがスピードは速い。幽体離脱した自分が、その速度で動く自分を見たら滑稽に思うかもしれないが、がたがたと音がしているから、6000円近い料金も仕方がないのかもしれない。高速を保つためには、相応のメンテナンスも必要だし、もっと安かったらいいのに、と思わずにはいられない。これでは気軽に旅へ出られないじゃないか、だからもっと給料が高かったらいいのに、と思わずにはいられない。これが上手く行ったら、次は自由席でかまわないだろう、指定席も8割方空いているのだからそれは、12月4日19時8分発のあさま630号7号車3番Eでも同じことを思った。