ブログ「いらけれ」

ルールが変わって僕は、そんなこと同意してないよって思った。最低の日々が想定を下回り、壁に貼っていたポスターが剥がれるミシミシという音で目が覚めた真夜中。すべての記憶が断片的で、どうやっても統合できない。だから僕の心は、笑いながら殴られていたのかもしれない。他人に期待してはいけない。このことは、胸に刻んでおかなければならない。いつだって裏切らないのは自分だけ。厚かましい人が勝利する世界にうんざりしている。毎日他人に気をつかっている、そんな気がする。結局、気をつかわせるだけつかわせて、気をつかわない生き方が最良なのだ。こちらを置き去りにして、スイスイと泳いでいく姿を、「ああ人間だな」と思いながら見つめていた。

これは詩ですから、ここに本当はありません。でも、「明日から毎日更新しますよ」という言葉は本当にしたいです。本当にそう思っています、と念を押すように言うと、まるで思っていないみたいだから困ります。僕が再生できたわけを、明日からの僕が少しずつ書いていくことでしょう。この人生の意味が、徐々に分かり始めているところです。やりたいことは他にもたくさんありまして、このサイトのリニューアルなんかも考えています。なにはともあれ、まずは、あらゆる不幸とわずかばかりの幸福を詰めた文章を、この地獄の詳細な記録とこの地獄をそっくりそのまま伝えるための物語を、僕は書いていこうと思います。そのために置いていかなければならないものがあって、この詩は書かれました。

ブログ「いらけれ」

「今一番欲しい本はフェルナンド・ペソア『不安の書 【増補版】』なのだが、もうすぐ無職になる男が五千円を超える本を買っていいものなのか…悩む。」というツイートをしたのは、検査結果の待ち時間だった。その巨大な総合病院は、受付と精算の場所が分かれているのだが、僕は独りになって、精算カウンターの前の、広いロビーの一番端っこに座っていた。

採血をした後、結果が出るまでに1時間はかかると言うから、僕は同行せず、時間を合わせて行ったのに、診察開始は遅れに遅れ、もう1時間は待たされていた。診察室の近くの待機場所には、大勢の人が黙って腰掛けていて、ベラベラ喋るわけにもいかないので気まずいから、「少し散歩してくる」とその場を離れて、病院の周りをほっつき歩いたけれど何もなく、仕方なく戻ってきたけれど居場所もない。精算カウンターの上に設置されているモニターが、新しい数字を表示する度に、市役所みたいだなと思う。互いに間隔を開けた人々は、自分の番を待っている。生まれるのは順番ではないのに、死には順番がある。

僕がここに座るのは、実は、この時が初めてではなかった。前に一度来たとき(それが、初めて僕も呼ばれた日だ)は、診察の後、入院の手続きをしなければならないというから、やることのない僕だけが帰ることになったものの、高ぶった神経を鎮めなければならないと思ったから、一息つくために壁際の自販機でコーヒーを買って、前の椅子に腰を下ろしたのだった。

それはペットボトルや缶の自販機ではなく、カップ式の自販機だった。オリジナルだとかアメリカンだとか、カフェラテやココアもある。前の二つは100円で、後ろの二つは150円だ。ミルクの入ったコーヒーが好きだから、カフェラテを買ってもいいのだけれど、オリジナルには「砂糖・ミルク入り」というボタンがあって、貧乏性の僕は、どうしてもそれを押してしまう。再び砂糖とミルクの入ったオリジナルコーヒーを買ってしまったことに、少し後悔しながら僕は、「カフェラテは50円分美味しいのだろうか……」と、その味を想像していた。

そこでお金について考えたことが冒頭のツイートにつながったのだと、こうして振り返ったから気づいた。現実には、愛や命の前に金があって、保険の使えない薬は痺れるぐらいに高い。世帯主に給付された10万円は、「生活費にしてくれ」と言って受け取らなかった。しかし、文章というものは、すべてが虚構だから、これは現実ではない。

ブログ「いらけれ」

今時の大学生らしく、一年生の頃から、履修した講義には毎回出席し、レポートなどの課題もしっかり提出するという真面目さで、四年生後期になってからは、キャンパスに行くのは週一日、ゼミの先生の卒論指導を受けるだけだから、高いお金を出して買った自転車はすっかり使う機会が減ってしまって、錆びつかせるのがもったいないと思った僕は、朝から降っていた雨が上がったタイミングで、いつものスニーカーを履いて、玄関を開けて、目に入る空に虹がかかっている。しかも二重だ、よく見ると。

兄が仕事をやめたのは、先月のことだった。彼の身体に、三月の終わり頃から断続的に訪れるようになった小さな不調は、一月で瞬く間に大きくなって、それでもなんとか会社に通っていたのだが、ようやく診察を受けたときには、もう手遅れだった。詳しい検査のあと、家族も呼ぶように言われた診察室で、ドラマのように余命宣告が行われることはなかったけれど、医師の口振りから、彼の人生がそう長く続かないことだけは、はっきりと伝わった。彼の後ろで、円形の椅子に座って話を聞きながら僕は、天井を見つめていた。その向こうに、本当に、神様はいるのだろうか?

後方から不意の、けたたましいクラクションの音にも、僕は振り返らなかった。まだ乾ききっていない道を、自転車は快調に進む。地面とタイヤが接しているのが分かる。この感覚は久々だ。小さな公園、シャッターの隣のシャッター、スーパーマーケットから人が出てきて、美容室には大きな女性の写真。赤信号で停まる。あまりにも綺麗な虹は、それが最後の虹かもしれない。僕は振り返り、わざわざ靴を脱いで、リビングのソファに横たわりながら、テレビを見ている兄の側まで行って、そして、話してしまった。

フォローのつもりで「歩きたくないよね」と言うぐらいなら、話さなければよかったと、その時は思った。彼の苦しみが、痛みが、僕には分からない。「そうか、見たいな」と言って起き上がろうとした兄を母が支えて、短い廊下を歩いて、玄関でサンダルをつっかけて、ドアを開けた二つの後ろ姿の向こうに、あの虹はまだあった。「本当に綺麗だね」という、たわい無い会話に家族があって、胸がいっぱいになる。うん、話してよかった。「出かけてくるわ」とそっけなく横を通って、自転車の鍵を回しながら僕は、この日のことを死ぬまで忘れないだろうと思った。

信号は青に変わった。顔を上げ、しっかりと前を向いて、もう一度ペダルを踏み出した。

僕は魂の本に今日のみんなを記すんだ。

「魂の本」中村一義

ブログ「いらけれ」

9月頃から頑張ることにしたので、今は人生の休憩中です。頑張っても頑張らなくても人は死ぬぜ。そういえば「頑張ったって死ぬ」という歌詞のスキットがマキタスポーツ『推定無罪』に入ってましたね。あはは。

そうそう、人間が大切にしなければならないのは、「あはは」とか「えへへ」なんじゃないかと思うようになったんです。だって世界には、真正面から受け止めたら潰れてしまう大きさの出来事しかないでしょう!だから僕は、どれだけ舐められても笑って許すことに決めたのだ。それは優しさとかじゃなくて、ありったけの怒りを込めた、刃物で刺すような笑顔だ。

あるときから兄は、二人でいることをやめた。もちろん、三人以上でいることもやめた。二階から下りることもやめたし、カーテンを開けることもやめた。そして、あの小説を書き始めた。
小説を書く兄は、一人でいることもやめてしまったようだった。話すことをやめた彼は肉体を捨て、すでに書かれた文字を読み、同じことを同じように書いた。彼の書く言葉のすべてが、すでに誰かの書いた言葉だった。
自分を手放した兄は、姿かたちはそのままぼやけた。三歳の自分と、十七歳の自分と、今の自分と百歳の自分の連結を外してしまった人間は、霧のようになるのだと私は知った。そのときから私は、一人でいることに決めた。一人でいるために、私は小説を書き始めた。

6月の僕は、主にテキサスホールデムの動画を見ていた。少しずつ用語を覚えている。リンプインとかドンクベットとか。面白い。不完全情報ゲームにおけるセオリーや思考法は日常生活に使えそうだなって思うけれど、思うだけで使えていないから、こんな暮らしが続いている。
少し前の僕は競艇で、人狼で、麻雀や将棋はずっとあって、MCバトル(ダンジョン終了……残念)やプロレスにハマっている時期もあって、野球が始まって、興味を持つのは良いことだなーと思う。視野を広げて、世界を捉えろ。ポーカーを知った僕は、ポーカーを考えるように、別の何かを考えられるようになっている。野球やプロレスを見るように、人間を見るようになっている。そんな感じがしている。

最近、文章を書くときはSoccer Mommy『Color Theory』を聞いてます。アンニュイがちょうど良いので。ちょっと前(つって、ひと月以上前だけど)の日記の「bloodstream」というタイトルは、このアルバムの一曲目からいただきました。みんなも聞いて、なんか書いたら良いんじゃないかな。では、また来月。