ブログ「いらけれ」

「少し前から始まっていたことだけどサー、国民的なものがどんどん終わっていってて、ついにはスマップかって感じだよな……もちろん、解散理由は事務所との問題なんだろうけどネ。」

「あべま?ってあるじゃんほら社長の趣味が反映されて、マージャンとかヒップホップとかやってる。あれ見たら麻雀団体の対抗戦やってて。これ結構歴史的なことだと思うんだけど、番組の作りが雑で、現場のオペレーションがなってない感じだった。何が言いたいかというと、結構なコンテンツでも、ネットの片隅なんだなと思ったんヨ。」

「もともと特別なオンリーワンって言われるまでもなくなんだけどネ。一応”わたしたち”ってあったはずだけど、そいうの壊れちゃってんなあってサ。わたしたちは、実はあまりにバラバラだったという真実があり、そしてそのバラバラで小さな世界が、よくしらないうちに乱立してて。隣の人とも全然違う暮らしなんだナ。」

「2016年は、一方でSMAPが終わり、アベマTVが始まり、オリンピックで日本が最多のメダルをとった年……カァ。」

ブログ「いらけれ」

とくにないよね第一回

色んな人と、「全てはクソである。何で生きてるか分からないから死んでもいい。死んでもいいような人生だから、嫌なことはしたくない」ということに頷き合ってきたけれど、そもそも死んでもいいなんてみんな本当には思ってなくて、だから、これは嘘だ。凄まじい妥協が証左だ。

惨めになっていく生を、それでも死んでいいなんて思えない時。宗教を考えなければならないのかもしれない。

ブログ「いらけれ」

だから太ってしまったのかもしれないと思うほど、幼少期の私は牛乳が飲みたかった。らしい。
その日も、もう何杯も飲んでいて、その姿に心配した母親から「最後の一杯」を注がれていた。
私はその液体が、もっと飲みたくて仕方なくて、母の手を”ちょん”と押した。
牛乳は、もちろんコップから溢れ、烈火のごとく怒る母に謝りながら私は、グランドピアノの下に泣きながら逃げた。

それが心的外傷になって、牛乳が嫌いになったなどということは無い。
無い、が、そこまで好きじゃない。幼い私が、なぜそこまでしてしまったのか、今となっては分からない。

それに、この記憶は怪しい。子供のころ住んでいた家に、グランドピアノなどなかったから。

ブログ「いらけれ」

人のブログのことで、ブログを書くのも気が引けるし、そもそも転載されたものを読んだだけだし、本人が書いたかどうかも分からない。
長い「それ」を読んだには読んだ、いや、かなり集中して読んだ。さらにいえば、検索などして情報収集しながら読んだ。

何を書いて何を書いていないのか、どこまでが本当なのか。本当だと思い込んでいるのではないか。
病気の問題、精神病か、あるいは薬物の影響ではないか。
そしてゴシップとしての側面(テレフォンショッキングでの会話をもう一度聞くという答え合わせ)。

詳しい部分、薬物や限定的な”パソコン”の知識などと、詳しくない部分、精神分裂病という病名は出てくるのに、いまではポピュラーな統合失調症という病名は出てこない、といったことが、興味のあるなしを如実に表していたりだとか、執着と想像(妄想)だとか、こういっちゃいけないかもしれないが、非常に面白い。

言い訳がましいと読める部分もあるし、反省していないと思える部分もある。
明瞭に表せない、深い業というのが近いか、でも違うような。
心に残るのは、清々しさとは程遠い何かだった。