ブログ「いらけれ」

平穏な?日常の只中に戻り、後ろを振り返ってみると点々と、ビルから見下ろす夜景のようにやってきたことが光っている。それは実体のない、虚しい輝きではなくて、確かにやったという誇りの灯りだ。何もしなかったら、何もなかっただろう。あの不幸も苦しみもなかったかもしれないけれど、その不幸や苦しみも含めて人生の味わいだ、とは思えないとしても、悪くないってニヤリと口角を上げるぐらいの余裕なら、手元にある。

まさか自分が、参加していた哲学カフェ(とは名乗ってないイベントだけど)のスタッフになるとは思ってなかったというのは嘘で、少しは思っていた。手伝えるものなら手伝いたいと、ちょいちょいアピールしていたのが良かったのだろうか。とはいえ、信頼できない人間は中に入れられないだろう、自分が悪人かどうかは、24時間一緒にいる自分にしか分からないのだから、信頼してもらえるように動かなければならないと考えて、できることをできる限りしていたのも、良かったのかもしれない。小さな努力って大事。
今のところは、会場の準備とか後片付け、企画のアイディア出しを手伝う程度だと思う。でも、いずれはもっと前に出る機会があるかもしれない、というか、かなりありそう。嬉しいけれど、その時は緊張しそうだと、今から緊張している。とにかく会場では中の人っぽく動くことになりそう(繰り返すが、大したことはしていない)なので、会についての感想などを書くのは控えようかなと思う。これまでもかなり気をつかって、個人名などは出さずに書いてきたし、それほど問題はないだろうが、「何か書かれるかも」と参加した人に思わせる可能性のあることは、避けておくべきだと思うから。でも、書かないけれど僕は居るはずだ。みんなも来たら良いと思う。
「デモクラシーCafe@東村山」

リビングに10年置いてあった観葉植物が咲いた。まず、花が咲く種であることを知らなかった。これまで咲かなかったから。この冬に、真っ赤な花をつけた。毒々しいほどに赤い。ハイビスカスなのだろうか、暖房の下に置かれていたから咲いたのだろうか、調べていないから分からない。幹から出た枝にはきれいな緑色の葉がたくさんついている。幹のてっぺんにその花はある。緑と赤のコントラストが美しいとは思えなかった。大きく口を開けているように見えた。生命の力強さには、時々、気味の悪さを覚える。3日咲いて、4日目には萎れていた。干からびて、手前の葉に引っ付いていた。それを見て僕は、なんだか安心してしまった。

ブログ「いらけれ」

長い旅行記を書き終えて、そういえば僕は台湾を旅行したいと言っていたが、台湾まで行ったらその日記は何文字になるのだろう、例えばたった二泊三日の旅だったとしても一ヶ月ぐらいその思い出を書くことになりそうだと思った、一泊二日の長野旅行で十日分の日記を書いたのだから、書くのは大変だった、脳の一部を鰹節のように削っている感覚だった、紀行文が書けないなら創作はどうだと次の日の分を午前0時に書き始めたけれど、結局悩みに悩んで朝4時になっていた、しかしああいうことばかり書いていたい、それは日記にしない日々を増やすことだが、日記にしなかった日々も確かにあった、あったからこうして生きている、飲んだり食ったり遊んだりしている、そういえば久しぶりに「バトルライン」で遊んだ日もあった、戦術カード無しのゲームアプリをしこたまプレイしていたから、数字の組み合わせに関する把握能力や構想力は上がっていると思うのだが、そちらに慣れ過ぎてしまったことによる感覚のずれを感じた、例えば戦術カード有りでは1~3という弱い数字が「盾」の効果により少し強くなる、また8で殺されてしまいがちな9~10も「霧」や「援軍騎兵」などによってはっきり強くなっている、やったことのない人には分かりづらいかもしれないがこれは重大な違いだ、例えるならば麻雀における赤ありと赤なしのような、そういえば麻雀最強戦で鈴木大介九段が優勝していて驚いた、将棋だけが好きな人にはそのすごさが、麻雀だけが好きな人には鈴木九段の強さが分からないだろうから、その両方を知っている僕は得をしたと言えるだろう、とにかく戦術カード有りの「バトルライン」にはそれ用の調整が必要だ、あと戦術カードは自分が一枚使うと相手も一枚使ってくるからなかなか決め手にはならない、なので攻撃ではなく守備やカウンターに使うべきだと分かった、昨日は家の近所でヤギを見た、まだら模様で犬と比べてかなり大きかったし、あの目をしていたから間違いないだろう、リードにつながれて散歩をしてた、その辺りの草を一心不乱に食たべていた、本当なのに嘘みたいな日記になってしまった、何でもないことを面白く伝える術が身に付かない、エッセイの秘密を暴けないままに、ただただ記憶の手触りをそのまま出すことしかできていない、そう思った僕は家を飛び出して、照り付ける太陽が生み出す自分の影を引き抜いた、そいつを残して大きな森に入った。


Helsinki Lambda Club − ロックンロール・プランクスター(Official Video)

死ぬまで生きたら褒めてよ

ブログ「いらけれ」

部屋の掃除をしながら僕は、「きれい好き」という言葉について考えていた。それは確かに、惨状としか表現しようのないものだったし、呼吸一つで肺が汚れるような環境で、平気な顔をしていたのかもしれない。それでも僕は、きれいが好きではないわけではなかった。部屋だって身なりだって、何だってきれいならきれいに越したことはないと、僕もそう思っていた。それでも汚れを許していたのは、汚いがそこまで嫌いではなかったということで、だからつまり、置かれた棚の上で指を滑らせても、ほこり一つ付かないような、きれいな部屋をキープしている人は、「汚い嫌い」と呼んだ方が正確なのではないだろうか。

本当にどうでもいい話なんだけど、飯を食うために、夕方のワイドショーを仕方なしに見ていて、それは横浜の大学だった、学食には名物の丼メニューがあり、学生たちはそればかり頼む、近所の人ばかりか、噂を聞きつけて県外から食べにくる人もいるという、茶色い肉と水菜が乗っていた、水菜じゃなくてキャベツとかの方がいいと言って、僕もそう思った、水菜の苦みが口の中に広がった、時を同じくして、大学時代のことを思い出した、これはマドレーヌで過去が蘇るようなものだろうか、学食は人で埋め尽くされていた、入学したばかりの頃、一年生はそれぞれに先生が割り当てられ、ゼミというにはあまりにも中身のない話を聞かされることになる、その顔合わせが行われた日で、同じゼミの男が、入学式で隣だったという男を連れてきて、いくつかの机が接続され大きな机になっている端の4席を、僕たちは占拠していた、何の話をしたのかも思い出せない、でも頑張って、努めて明るく振る舞っていた、大学生というものは、そうやって人付き合いをしないと、後々単位という命を失うと、そう聞いていた、確か学生時代にやっていたスポーツの、剣道でどこまで行ったとか、ゴルフの推薦で入ったとか何とか、それからしばらくは、大教室で顔を合わせた時には隣に座っていた、斜め前方に座っている女の子が好きだ、かわいいから見てみろ、あこっち向いた、聞かれたんじゃねと言う、ほどなくして、学内で姿を見かけなくなった、僕は気にせず律義に大学へ通って、ノートを取っていたら、単位を落とすことはなかったし、GPAの点数も良かった、そこで初めて、頑張る方向を間違えていたことに気が付いた、という全部が思い出。

早く起きなければならないから、早く寝るために、最高速度で書いた。余裕をもって前もって、書き終えておくなんて器用なことはできない。猪武者。猪武者という言葉を、ロンブーの田村淳のインタビュー記事を読んで知った。いつも何についても、知り過ぎているか知らな過ぎていると思う。無の境地へと達するにはまだ早い、あるいは、もう遅いのだ。手前か、あるいは、その奥だから、みかめ……だね。

ブログ「いらけれ」

僕は今、自分の部屋にいるから、当然のように、部屋の隅々まで眺めることができる。そのようにして見回す部屋は、床に散らばっていた紙くずだけではなく、ほこりも髪の毛もなくなっているし、本は棚へ、お菓子はかごへと収まっている。目に付いたところから手を付けた。一つずつやれば、つまり、片付ければ片付けられるのだ。その事実を確認すると同時に、少しだけ自尊心が回復するのが分かる。もちろん、人を呼べるほど綺麗ではないのだが、幸いなことに、この部屋を訪れる友人はいない。だから、壁に掛けられた賞状は、僕だけが見る。

タイツなど、インナーウェアを買いに行く前に、サイゼリヤに行った。間違い探しをクリアした。店員さんが、僕たちが食べ終えた皿を、両手いっぱいに持って落とした。僕は、通路に背を向けていたから、音だけを聞いた。「そういうこともあるよね」と、何も聞かれていないのにつぶやいた。家族と別れて、帽子を忘れたことに気づいて戻ったら、さっきの店員さんが手渡してくれた。「すいません、ありがとうございました」を三回繰り返した。

角の花屋の閉店を伝える貼り紙には、韓国料理屋を開くという予定も書かれていた。ひどく距離のある転身に驚く。できたら行ってみようとか、思っている場合ではなかった。来年のカレンダーを買うために100円ショップに寄ったら、将棋大会でもらった賞状を飾るための額が欲しかったことを思い出して、A4サイズのものを二つ買ったのだが、本大会の賞状は一回り大きく、そんなことすら確かめない俺、ワイルドだろ。無鉄砲な自分に呆然として、もう一度家を出たのだ。しかし、大きな額縁はなかなか見つからなくて、日本中の100円ショップを訪ね歩き、帰ったときには5時を過ぎていた。昼食を済ませたのは1時だったから、4時間近く外にいた身体は、すっかり冷えていた。

100均で1500円使う俺、ワイルドだろ。旅でひもじい思いをしないためのグミと、想定よりも寒かったときのために手袋とカイロも買った。用意周到というよりも、心配性という感じだ。それから掃除機をかけて、リュックに物を詰めた。明後日には出発している。未だに信じられない。疑っていても、その時は来る。一番好きなTシャツを用意した。最後に見直したら、予約したつもりだった新幹線の席が取れてなくて、冷や汗をかいた。とりあえず、明日の日記は更新する予定だ。その次や、その次の次は僕にも分からないけれど、いつか、長い長い旅行記を連載しようと思う。長い旅行記が書けるような、そういう旅にしようと思う。