光芒

ブログ「いらけれ」

忘れたら忘れた。言いたいことはないから、向こうの山を見よう。重要な仕事は、有能な誰かがやればよかったし、大抵の場合、有能な誰かがやっていた。奇妙な音がしていた。それは悪魔の鳴き声だった。

マンションのゴミ捨て場の扉は、そこに暮らす人々が何度も開き、そして閉めたことによって、錆びた蝶番がきいきいと鋭い音を立てるようになっていた。その日は強い風が吹いていて、ガスを抜かないまま捨てられていたスプレー缶を一つ一つ処理していた管理人が、開けた扉の鍵をかけ忘れたことによって、街には高音が響いた。

2月の午前5時は真っ暗で、存分に冷やされた空気が通行人の肌を刺し、コインランドリーだけが明るかった。日中の雨で水かさを増した川は幅が5メートル近くあって、その上に建造された大きな橋は車線の多い道路に馴染んでいたから、車で通りすぎただけでは橋だと分からなかった。帰省を終えた私たちは、長い長い高速道路を走り続けた末に、東京へと辿り着いた。助手席で目をつむる娘の顔を街灯が照らし、照らしたかと思えばまた暗くなった。ドリンクホルダーに置かれていた飲みかけのコーヒーはコンビニで買ったものだ。信号待ちで手を伸ばして、口を付けようとしたその瞬間に、スマートフォンの振動する音が聞こえた。

2月の午後5時はもう暗くなり始めている。道路には、学校をサボってしまったけれど、この時間まで家に帰れなかった僕以外に、若い女性や年配の男性、ランドセルを背負った子どもなどがいた。ゆっくりと進む時間を、鮮やかなピンクの軽自動車が走り抜けていったから、それを目で追った。目線の先には、同じように車を目で追う人々の姿があった。皆が何を思っているのかまでは分からなかったけれど、僕の胸はすっとしていた。カラフルな世界はおそらく、平和に近いはずだ。争いの絶えない世界は、色を失っていくに違いない。

夜ご飯の時間が迫っていた。早く帰らなければと焦るけど、風が強くてスワローズの帽子が飛んで行ってしまいそう。間に合うだろうか。間に合わないで困るのは、料理が冷たくなって、美味しく食べられないぼくだ。帽子のつばをじりじりと動かして、盗塁王になったつもりで走った。赤信号に足止めされたから、はあはあと空を見上げたら川のような雲が前から後ろまでつながっていて虹みたいだ。その雲のことを、誰も気にしていなかったけど、ぼくはきれいだなと思った。それで、ぼくが生まれたことを知っていて、お祝いしてくれてるのかもしれないと思った。

ブログ「いらけれ」

Posted by 後藤