煩悩の犬は追えども去らず
一行も書かないまま『失踪日記』を読み始めてしまい、最後まで読んだ後に、表紙の裏に隠されたインタビューまで読んだ。
夢とか希望が体から抜けていく感じがある。そのようにして暮らす自分を認める。天才たちの仕事を見ていくことが、この先の人生だ。カンチガイしていないだけで充分、そう思って生きていこうと思う。
寒くなると眠くなるという話は、もしかしたら前の冬にも書いたのかもしれない。暖房一つつけていない部屋のカーテンを開けると、サッシに結露している。空間のなかから現れた水分がそこにある。光の差し込む部屋で二度寝する。体温が"一回り"上がったような感覚があって、ふわふわと起きて、時間が来たので手を動かす。
部屋着も外着も長袖になって、気分が新しくなる。天気はくもり。行く当てもなく彷徨う。ベビーカーに乗り込んだ犬が振り向いて、信号が赤になる。後ろ姿では小学生のようなおばあさんが前を歩いている。青になったから横断歩道を走って渡る男の子は児童館に誰を待たせているのだろうか。下を向いて歩けば、今でもシケモクが落ちていたりするのだろうか。視界に入ることと見ることは違うから、見ていない人間には見えないというのは、すべての物事に通じている。心の空白を通り抜ける電車を待って、踏切を越えて、コンビニの入り口の横のフリーペーパーの求人誌を手に取って、電話をかける。アルバイトに応募するのは初めてだったから、緊張しながら、恐る恐る「求人を見たんですけど……」と切り出すと、応接もそこそこに、「どちらにお住まいですか、ウチは交通費が出ないんですけど」と書いてなかった情報が出てきた。西所沢の酒屋だった。「じゃあ、やめておきます……」と断って、電話を切った。
スピーカーから聞こえる機械的な音声に従って、いくつかのボタンを押して、やっと女性が出てくる。置いておくと勝手に再起動するようになった、と症状を話す。「お済みですか」というアプリのチェックなどは、すでにやっている。電話の向こうで、同じ画面を見ながら操作すると説明されるが、それは知っている。経験したことがある。会話が進行して、同じ機種をタダで送るという。イヤホンジャックが壊れてしまったらしく、片耳が聞こえなくなっていたので、ついでとはいえありがたい。こうして、手続きを一つずつこなさなければならない。生きているから。
ポイントをたくさんもらうためには、まず、楽天ブックスで1000円以上買わなければならなかった。だから、長嶋有の『いろんな気持ちが本当の気持ち』と『安全な妄想』を注文した。ごお、という音が部屋に響く。雷が鳴っている。雨も降っているらしい。日記を書かなければならないのに、本棚に手を伸ばしてしまう。これは日記だ。その他の何物でもない。
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