存在のマジック
道に車が停まっている。屋根に赤色灯のようなものを付けている。その奥から人が出てきて、スマートフォンで写真を撮り始めた。すれ違いざま、野次馬根性で覗き込むと、車の陰になって見えていなかったが、車が停まっている。しかしそれは、ただの車ではない。そこの家屋の前に植えられている木に突っ込んだ車だ。木が、迷惑そうに傾いていた。この件にかかわっていると思われる3~4人が、話したり電話をしたり、そこに立っている。
帰り道に、もう一度前を通る。そこに停まっているのは、第三の車だ。おそらく、その家の自家用車だ。ぶつけられたようで、ホイールは外れ、傷のようなものがある。やはり、木も少し傾いている。近づいて、僕が一番驚いたのは、道に沿って並んでいたであろうフェンスが、どこにでもある金網が、くちゃくちゃになって木の根元に寄せられていたことだ。
その家に住む人も、通りがかる人も、たまたまそこにはいなかった。本当に偶然。誰かがそこに立っていたら、歩いていたら、その体は、このフェンスのようになっていたのかもしれない。頻発する事故と、それを伝えるニュースを見て、不条理と悲しみを覚えていた僕が、初めてはっきりと、恐ろしさまで理解した瞬間だった。
車に轢かれかけたり、轢かれた人を助けたり、轢かれたフェンスを見たりして事故づいている僕の生活は、それでも淡々と続いて、以前カラオケに誘われていたのだが、その日は朝からローソン巡りで疲れていたから断った友だちと、そのリベンジに学生時代はよく使っていたお店に行ったら、店構えもメニューも、なんならスタッフも変わらないまま、経営母体や店名が変わっていた。
歌うという行為を共有しにくくなっている今、僕が、有名なバンドや歌手のマイナーな曲を歌って、誰の歌か当てさせるという『音楽ガハハ』にかなりインスパイアされたゲームを仕掛けて、そのことで一頻り盛り上がった。楽しくて3時間、そこまでやりこんだことで、このゲームには大きなジレンマがあることに気が付いた。
有名な歌手が好きだというミーハーな人は、音楽を深掘りしないので、その歌手のマイナーな曲を知らず、ある歌手のマイナーな曲まで聞いてしまうようなマニア気質な人は、有名な歌手が好きじゃないし聞かない。
ただし、非常に面白いゲームであることは間違いないので、一回やってみるのは良いだろう。しかし、一回やってしまえば、多くの人が、歌手のストック切れに陥ってしまうことだろう。
そんなこととは別に、ただただ、初期のレミオロメンが好きという話題でも盛り上がった。知る人ぞ知る曲しか入っていない2003メドレーを歌って、やっぱりかっこいいなって感じ入る。「雨上がり」「電話」「日めくりカレンダー」「タクシードライバー」……音楽配信サイトに無いのが悲しい。人類の損失。
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