時代はぼくに微笑んでた

ブログ「いらけれ」

あらゆる人間には暗部があるだろう。当然、表現者にも。暗部の濃さによって、表現されるものの輝きが変わるのではないだろうか。つまり、深い闇があるからこそ、創作によって、強烈な光を放てるのではないだろうか。ちなみに、僕の暗部は濃い。もちろんそれは、あなたには分からないだろう。なぜなら暗部として、慎重に、執拗に隠されているからだ。今はただ、自分の暗部に飲み込まれるように、光は内側に向かい、少しずつ巨大化している。

今日は暖かくて、ゆったりとした気持ち(を持ちたい、そのためにはどうすればいいのかと、参考にならなそうな、せわしない墓場のカラスを見ながら思った)で、普段はしないのだけれど、小平霊園の中をぐるりと散歩して、小春日和というかなんというか。敷地の外に出て、公園の遊具を見ながら、「絶対に安全な遊具」について考え、そんなものないよなと思い(どんな遊具でも、危険に遊ぶことができるし、本当に、その危険の芽すら摘み取ってしまうならば、もうそれは遊具ではない)、事故も世界の一部分なのだから、やはり(自分も含めて)確率的に人間が処理されて、しばしば思ってもいないような悲劇の弾が、どこかの誰かに当たり、それはそれでしょうがないというのが、望ましいのではないかと思う。神の視点を持つことができれば、それでいいのだろう。しかし悲劇が、自分や自分の近しい人に降りかかるのは御免だという気持ちは、拭い難く誰にも存在していて……ここで、スマートフォンでツイッターをのぞくと、タイムラインが「ゲートウェイ」という文字で賑わっている。確かに、通常あり得ないセンスだろうが、しかし、しかしである。自分の人生は、この「ゲートウェイ」を付けてしまうセンスを馬鹿にできるような、おしゃれでセンスのいい暮らしをしているだろうか。僕はだから、何も言わないで黙った。

WordPressで作られた我がサイトのテーマ("ないもんねだりはずっと人生のテーマで")である「Luxeritas」を、久しぶりに更新した。細かく細かく、いろいろなことができるようになっていて、テーマ自体も軽いし、本当に良いと思う(使いこなせていないけど……)。読んでいる人には分からないことだが、ブログの入力画面が、更新の度に少しずつ変化していて、文字の大きさとか見た目が、それによって(微々たるものかもしれないが)、ブログの内容も変わっているのではないかと思う。目に見えるもの、表に出ているものの裏側で、さまざまに起こっていることがあって、語られることのない真実で、目に見える世界はできている。


GRAPEVINE「TIME IS ON YOUR BACK」from 15th Anniversary live at NHK Hall (2012.09.26)

ブログ「いらけれ」

Posted by 後藤