無意味の輝き1

ブログ「いらけれ」

 目的地がないので、どこまで行ったら良いのか分からないで歩いていた。どんどん眠れるようになっていて、間違いなく精神は回復傾向にあって、今日も天気は良かったから、抑うつ日記を期待していた人には申し訳ない。ただ、いつまた悪化するか分からないから怖いし、抑うつ日記を期待している人には、目を離さずにいてほしいと思う。朝が受け入れられるようになって、シャワーを浴びて、カップラーメンを食べて、9時には家を出たら、まぶしい太陽の光。
 新しい病院の話は、またいつかしなければならないわけだが、そこでパニック障害の新しい頓服薬をもらった。知らない国の首都みたいな名前のそれは、「不安時に服用」することになっているのだが、新しい薬を飲むということ自体が不安だから、この薬を飲む前に、別の頓服薬を飲まなければいけない。もちろん、そういうわけにもいかない。それで、どうするかといえば、元気なうちに試しておくのである。部屋にいるときに飲むと、薬のことばかり考えてしまいそうだったから、出かける前に飲んでおいた。私のなかにある、ありったけの不安がなくなるわけがないから、効果は実感できなかったものの、目的は副作用がないか調べることであり、その意味では問題がなさそうだった。だったのだが、一つ、気になるところがあった。それは、首から上の異常な発汗である。
 もともと私は汗っかきだから、大汗をかくのはおかしなことではないが、首から下はそこまで汗をかいていないのに、襟足が雨上がりのようにびしょ濡れになって、顔を覆うマスクのなかには、喉を潤せそうなほどの水滴がたまっていた。
 しかし、この「不安を和らげる薬を飲むのが不安」という、とても小さな心の動きを、私が書き残さなければ、誰かが書き残してくれていただろうか。書き残す意義は決して大きくはないけれど、かといって、ないわけでもないと思っている。
 自分の心を的確に表現できてしまうというのも、考えものなのだろう。怒りを隠して書かれた文章は、平熱の文章ではなく、しっかりと怒りを隠した跡のある文章だった。伝えるということの容易さに比べれば、伝えないということは非常に難しいのだろう。千文字までは、あと少しだが、疲れたから今日はここでやめる。

ブログ「いらけれ」

Posted by 後藤