【N】からの旅-2
それだけと言ってもいいほどに、白い天井が印象に残っている。開けた氷結は飲み切られることもなく、ポットの水を沸かすこともなく、そのまま透明で小さなコップに注ぎ注ぎ飲んでいた。お湯と水を調整しなければならないシャワーは慣れないし、足を伸ばせない湯船は身体が休まらない。そもそも、一人でホテルに泊まっていることが面白い。分からないことばかりだが、寂しさを紛らわすラジコで名取裕子のオールナイトニッポンを聞きながら、ブラシみたいに硬い歯ブラシで歯を磨き、建付けが悪くてぐっと力を込めないと閉まらない扉を閉めた。
コンセントが枕元にない。探す。コンセントは、ベッドからでは充電ケーブルが届かない位置にあった。それで、日記を書くのは諦めた。その負債が、ツケが、こうして回ってきて、日記に置いて行かれたのである。
浴衣って着たのいつ以来だろう。誰にも見せないのだから、前にする方を間違えてもいいんだけど、やっぱりグーグルで検索、律義に右前で着てしまう。「着てしまう」って簡単に書くけどさ、全然上手く着られなかったじゃない。大きな鏡のなかで、四苦八苦する男には呆れた。服も着られないし、間違って一度シーツのなかに入ってしまうような男には、呆れない方がおかしいじゃない。僕は僕を辞めたいと、その時に思った。
眠れなかったので、久しぶりに『ロンドンハーツ』を見た。鏡の前に置かれたテレビ、地上波しか映らないんだもの。終わったのでチャンネルを回したら、BSなのかなんなのか、静止画と文字で構成されたニュース番組や、通販番組が流れているよく分からないゾーンに迷い込んで、その内の一つが、おそらく県内の交差点に設置されたライブカメラで、リモコンを操作する手が止まった。たまに車が通った。ぼんやりと数分見て、アレが映ったら嫌なので、テレビを消した。
『クライテリア4』の続きを読んでいる内に、寝落ちてしまうつもりだったのに、目が冴える。ベッドも浴衣も落ち着かない。阿部和重『オーガ(ニ)ズム』についての論考が面白かったので有益、でも眠らないと。
4時間ぐらいは寝た?夜中は流石に寒かった。寝ながら寒いと思っていた。窓の内側に取り付けられた戸を開けて、新鮮な光を迎え入れた朝、何が起こるのか分からず、怖くて触らなかった壁のつまみを回したら、ぼーっと音がして暖房が入った。暖かさの向こうに、神様の存在を感じた。朝といっても、すでに8時半。冗談に現を抜かしている場合ではない。髭を当たるのは止しといた。血まみれになりそうだったから。軽くシャワーを浴び、歯を磨き、残っていた氷結を飲み(順番がおかしいのでは?)、着替えた。終えてしまえばすべてが、いつだってなんてことないのに。チェックアウトと会う約束は10時だったけど、9時半には部屋を出た。
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