三界

ブログ「いらけれ」

僕たちは居酒屋にいた。あの時と同じように向き合っていたが、メニューが雑多に貼られた店内や、気取らない私服や、隣席の会話というBGMが、僕の劣等感を小さくしていた。お互いの声が聞こえるように、そして、お互いの声を聞き漏らさないように、お互いが身を乗り出して話した。これから十年会わないとは知らずに会話を交わして、それから十年の間に起きたこと。たわい無い身の上話。レモンサワーの氷がカランと鳴り、たくさんの串が筒に刺さった。

あまりにも久しぶりだった、という調味料がなければ、こうして時間を合わせることはなかっただろう。仲が悪かったわけではない。ただ、二人きりで遊ぶほどでもなかった。気の合わなさはジョッキの底へ沈み、アルコールの引力で胸襟が少しずつ開かれていった。

十二単を着ているかのように重たい。横向きの身体をうつぶせて、もう一度枕に顔を沈めた。痛みのある頭の中から、昨日のことを取り出そうとする。あるところからズタズタになっている記憶も、それ以前は、綺麗に保存されていた。

よっちゃんは、浅黒い顔を真っ直ぐにこちらへ向けて、昔の家について話し始めた。よっちゃんの生家は、豪雪地帯として有名な場所にあった。冬になると二階から出入りして、足元の電線を避けなければならなかったという。よっちゃんが中学校へ上がる前に、一家でこちらに越してきたから、今は父方の祖母だけがその家に住んでいる、いや、住んでいたと言う方が正しくなったのは、デイサービスの費用がかさみ、施設に入所したからだ。

誰も住まなくなった古びた家は、取り壊されるしかなかった。よっちゃんは、10月中に再びその家を訪れ、片付けを手伝う予定だったという。しかし、「どうしても仕事が忙しかったり、家に人が来たりしてさ」。なくなってしまった建物の中をもう一度歩けるというVRサービスは、残念ながら、ない。「最後に見ておきたかった」と言うよっちゃんの遠い目の中では、もう思い出せないはずの柱の傷や壁の染みが、像を結んでいるように思えた。

よっちゃんなんて人はいません。「二層式」で読み取ってほしいのは、新宿が上層と下層に分かれていること、エレベーターが上階と下階を結ぶものであること、こちらは5階で、向こうは10階に行こうとしていることです。つまり、ずっと上と下の話なんですね……というのは、全然考えていなかったことで、書き終えてから、タイトルを付けるために読んで気が付いて、書いた僕が驚きました。
明日からはちゃんと、リアルな話をしていきます。こんな出鱈目より、僕のリアルライフの方が面白いんだからね!

ブログ「いらけれ」

Posted by 後藤