言葉以前、言葉以後

ブログ「いらけれ」

母親を代表とする誰かに赤ん坊のころから、言葉をかけられてきた僕たちの脳の形は、言葉を覚えるように変わっているという感じがあって、物心が付いてからの僕は、どこまでいっても言葉以後の世界を生きている。僕は、言葉を操ることばかり考えてきたのだと、昨日のブログを書きながら思った。だから、ユーチューブで『So!スポLIVE【第1回ゆるふかミーティング】』(NBA井戸端会議感!)見なきゃなあとか、『長嶋有さんブルボン小林さんがゲスト!! #本と雑談ラジオ 85』(長嶋有と本と雑談ラジオ!俺得!)見なきゃなあとか書けない。だって、どちらも見終えてしまっているから。自分が好きなものを、これから見ようと思ってストックしてあるときの、一方ではとてもワクワクしているのに、しかし、ちょっぴり面倒だとも思っているあの感じを書きたかったのに。誠実に文章を書くことで、僕は自縄自縛に陥って、どんどんと書けなくなっている。そのことが面白いし、「ていおん!!!」の本公演があるってメール来ていたなあ、とは書ける。本当のことだから。『熱量と文字数』のイベントを予約したローチケで、「サンキュータツオをお気に入り登録」していたらしかったから。した記憶はないが、おそらく予約のときに、自動的にされたのだろう。むしろグッジョブである。僕は別に、米粒ボーイではないけれど、「ゴエツドウシュウ」というAマッソとの合同ライブにも行こうかと思って、チケット予約の画面に行ったら、手数料を含めて3000円ちょいだったから、一旦寝た。僕にはお金がなくて、それは大して働いていないからだ。行きたいライブに、いつでも行けるぐらいのお金は持っていたいものだ。僕は僕を呪う。起きたら、ローチケの関連サイトにインタビューが掲載されていた(「『ゴエツドウシュウ』米粒写経サンキュータツオ&Aマッソ加納 インタビュー」)。それを読んだら、やっぱり行こうかなって思ったから、たった今予約した。これで一つ、ゴールデンウイークに予定ができた。もちろん、僕の仕事にゴールデンウィークなんてものは、これっぽちも関係ない。

このようにして、おずおずと毎日を差し出し、それが何になるというわけではない。僕は、「僕は好きじゃない小説や映画のことを、名指しで悪く言わないけれど」などと一瞬思ったが、それは嘘だ。僕は批判する。そして、能力や才能の前にまず、自分がそうであるように、書かれたものを批判されるような立場になることを想定して、前に進むのかという、その覚悟が問われているのだ。その覚悟がないから、何をしても、何にもなってないのだ。これを読んでいる君のために、やるだけやってみる。

ブログ「いらけれ」

Posted by 後藤