Just some regrets and a plea

「2018/06/23 今日のボイスメモ」
僕のポッドキャストが更新されてますヨ。僕のプライバシーがダダ洩れですヨ。
とかいいつつ、結構真面目にしゃべってるつもりなので、ぜひ聞いてください!

やっと「文化系トークラジオLife」の最新回(食がテーマの回ですね)を、ちょこちょこ聞き始めたのですが。
予告編でチャーリーがジジェクの話してましたよね。ノンアルコールビールとかの話のとき。
で、ぼく、少し前に「絶対安全」の話しましたよね、こことかで。絶対安全なジェットコースターに人間は満足するのか?みたいな。で、で、これ完全にジジェクのじゃんってことです。ジジェク、知らないならいいですよ?それは車輪の再発明であっても、有名な哲学者と同じことを思いついたってわけだから、そのことを誇ってもいい。でも、ぼく知ってたんですよね、ジジェクのこの話。本で読んだこともある、間違いなく。パクりだよね、なんなら。もう、ほとほと自分に呆れました。「勉強しなおしてまいります」って高座を降りたい気持ちです……。
追記:本編も聞いた。僕は、真上から撮影されている料理動画が気になるかな。あれ結構増えてるよね、最近。ツイッターの短い動画だけじゃなくて、テレビでも見るようになったし。あの動画には人がいなくて、そこにあるのはシズル感であり、インスタ映えであって、そして純化された手順である。一方で、料理研究家という人はカリスマ化が進んでて、「この人が作るものを信じる」というあり方も増えている。つまり、そこにあるのは合理的な刺激と、非合理な刺激への両極化なのではないか?というのは、この言葉だけでは、中々伝わらない話だ。

確かにかわいそうだ、恵まれない人たちは。不当な扱いを受けている人たちは、確かにかわいそうだ。ひどい話は、この国にも他の国にも溢れている。その現状に対して、心ある人々が、「かわいそう」に訴えかけて何かを変えようとするのも、その気持ちは分かる。でも、それではその人たちを救うことはできない。その人たちは救われない。
……これを読んで、今、頭に血が上った人は、深呼吸をして、最近あなたがムカついたニュースを思い出してみよう。色々あったし、色んな人がいたが、ニュースになった人に共通していたのは「自分がかわいい」という振る舞いをするということではなかっただろうか。そう、みんな自分がかわいい。自分という特別な存在が大事だから、かわいそうな人に分け与える自分が、もっともっとかわいそうに見える。1もらえば生きていける人が5人いたとして、10持ってる人が5を渡せない。5もあったら、余計なくらいでも。「確かにかわいそうだけど、その助けるコスト、私が負うの?それは嫌だ(私がかわいそうだから)。」って、ほとんどの人は考えている。だから、僕たちはそういう思考を撃つことから始めないとダメなので、もしこの言葉が通じた人がいたとしたら、そういうところから始めませんか?っていう提案。

一人で帰る時間が至福だ。僕は友人たちと別れ、二駅分の道のりを行く。歩くことが楽しい。歩きながら聞くラジオが楽しい。見る風景が美しい。東村山からは山が見え、その遠くの山に夕陽が落ちていく。途中、長い下り坂を降りながら、顔を横に向け、それを見た。確かに見たとき、自分が、大きなものと繋がっている気がした。綺麗な景色を見ると、「世界が素晴らしい」と言ってしまう人がいるけど、綺麗な景色は、当然世界の素晴らしさを担保するものではない。だから、そういう人はおっちょこちょいだ。それにしても綺麗な夕陽で、世界は素晴らしくなくても、本当に綺麗だなって思った。

超ローカルな話すっと、久米川駅そばの西友、あれの一階から二階へ昇るエスカレーター(一階から二回へ降るエスカレーター)だけ、おっそい。めっちゃ遅い。亀。牛歩。他の階のエレベーターは普通の速度なのに。あれ乗んと、いっつも変な気持ちになる。乗ってる間に年取りそう。ってか年取ったときの速度感って感じ?……まー、どーでもいいけど。
あ、そうそう。皆さんにも、そういう話のネタはおあり?あったらコメントしてくれてもいいよ。


Forth Wanderers – Nevermine

最近ではThe Magic GangとかCamp Copeが僕にヒットしたわけだが、このForth Wanderersもいいなあ。いろんなバンドが出てきていて、ありがたいなあ。日本語で歌う人の中に、僕がハマれる人が出てくると、クオリティ・オブ・ライフはもっとよくなるなあ。

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