僕が知りたいのはそういうことじゃなかった

ブログ「いらけれ」


TWICE “What is Love?” M/V

このMVについて、その映画のパロディの元ネタを書いた記事や、紹介した動画はたくさんある。でも、僕が知りたいのはそういうことじゃなかった。

例えば、途中に出てくる「Na Dub Chaeng」のパートについて、いくらでも語るポイントがあると思うのだけれど(「あそこの曲のテロップMカですよね?」みたいな話でもいいし、あるいは、あれのコンセプトの元ネタを考えてもいい)、日本語での言及がほとんどない。検索して出てきたのは、「Na Dub Cheang」と綴りを間違えている掲示板の書き込み二つと、カタカナで「ナトゥブチェン」と表記されたツイート一つのみだ。あれだけ明示的に映っているのに!

加えていうならば、元ネタの映画を明らかにする前に、考えるべきことがあるのではないか?過去のMVを思い返してみれば、「Like OOH-AHH」はゾンビもの(もちろんそのイメージの起源にはロメロの映画がある)、「SIGNAL」はシャマラン的世界(大和田俊之先生のツイート)、「TT -Japanese ver.-」はドライブインシアターだ。なにより「CHEER UP」では、同じように映画を題材にしていて、ミナは『Love Letter』をイメージしたキャラクターに扮しているのではないかと言われている(「映画泥棒」?も登場する韓国で2016年一番流行った「今年の歌」MV 「シャー、シャー、シャー」って何?)。「What is Love?」でジヒョとジョンヨンが演じているのも、言わずもがな『Love Letter』である。

TWICEのMVにおいて、なぜこれだけ映画的イメージが参照され続けているのか。これは驚くべきことだし(だって同じパロディやってんのよ?)、興味深い現象でしょう。誰かが批評すべきではないだろうか(もうしている人がいたらごめんなさい、読みたいのでぜひ教えてください)。

先日書いた「音楽とか言葉とか発音について」でも同じことを言いたかった。「何で誰もやらないの?/何で誰もやらせないの?」ということを。同じアイドルのMVに何度も映画のパロディが出てくるのはおかしいし、アメリカで活躍する日本人プロレスラーの入場曲に被せられる日本語が変なのもおかしい。おかしい、というのは馬鹿にしているということではなくて、僕の中の探偵が騒ぎ出すということだ、ここにはカルチャーを考える上で重要な何かがあると。

僕が雑誌の、あるいはウェブマガジンの編集者だったら、大和田先生には、TWICEだけではなく広くK-POPを対象とした文章を書いてもらうだろう。「Shadows of a Setting Sun」を見せて(柴那典さんや磯部涼さん、サイプレス上野さんに見てもらうのも面白いだろう)、感想をもらうだろう。または、自分で考えて書いたっていい、場所さえもらえるのならば。

でも現実は、僕は、編集者でもライターでもないから、お金にならないから、できない。

悲しいなあと思った。

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Posted by 後藤