timeless
壁のタイムカードを手に取って、レコーダーの"出勤"と書かれたボタンを押す。ディスプレイには「08:36」と表示されている。私が機械に紙を食わせている間も、このビルの一室の外側に、世界はあった。
月曜日の朝に必ず行われる全体ミーティングでは、最近気になっているトピックやハマっているコンテンツを、すべての社員が紹介することになっていて、そのネタ探しをするために早めに出てきた私は、なにも考えずパソコンを立ち上げて、なにも考えずニュースサイトを開いた。
近頃では、自分より年下の人が死んだニュースを見ても、なにも思わなくなった。それは私が、それなりに長い時間を生きた結果、この残酷な世界ではそういうことも起こるのだと、自分を納得させられるようになったからだろう。不平等が当たり前で、完全な平等なんてありえない。
しかし、そのニュースを目にした私の、マウスを動かしていた手は止まり、思考もフリーズした。事故で亡くなった男性の名前の後ろには、二つの丸括弧が置かれていて、それに挟まれた数字は、私と同じ年齢であることを示していた。
人間の内にあるのは、なにも血液や体液、細胞組織ばかりではない。人間は、時間の詰め物だ。私と同じ年の同じ日、同じ時間に生まれた人たちには、私と同じだけの時間が詰まっている。同じだけの時間が詰まっているはずなのに、一人ひとりが大きく分かれていくのが面白いな、と思う。知識や記憶、経験の差によって、ときには、まったく分かり合えない二人が出来上がる。
絶対に交換できないもの、それだけが、私が私であることを保証している。国籍や性別など、同じものをどれだけ持っていたとしても、私が彼ではないと言えるのは、私にしかないものを私が保有しているからだ。ここまで理解していたとしても、あらゆる固有性が切り捨てられたニュースは、共通性だけを浮き彫りにして、同じ三十年がまるっと入れ替わった。
湧き上がる目眩を抑え込むために、親指と人差し指で目元を押した。偶然にも、私には死んでいない身体があり、私の脳も停止していなかった。そして、9時からのミーティングが待っていた。たまたま許された生を、まっとうしなければならない私は記事のタブを閉じて、他者に向けて開いてしまったトンネルも閉じた。
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