確かさ

ブログ「いらけれ」

とても、書けなくて困っている。

いつも変なことばかり書いて、それで面白いかといえば、ただの目眩しにすぎない。つまらなさで、嫌になっている。それなのに、どの面下げて、何を書けばいいのだろう。分からなくて困っている。

日は長くなったり短くなったりするものだが、すっかり短くなったというのに日中は、とても暑いので驚く。すれ違う人々の、服装が軽い。喫茶店の表に、まだかき氷の張り紙がしてあるのも、当然といったような陽気。カレンダーに従って、もっと涼しくなってほしいところだ。

写真館の飾り窓で、どこかの家族が団欒している。カメラの後ろから、「笑顔をください」と声がかかったのだろう。姉と弟は、いつもと違う両親の雰囲気にかしこまっていたし、父と母は、その直前に口喧嘩をしていて険悪だった。とか、そういった事実が仮にあったとしても、その瞬間は記録されていなかった。ただそこには、理想的な家族像を体現するような一家が写っていただけだった。

笑ってくれと言われて笑うことも、近頃では、かなり少なくなった。写真を撮られる機会がないからだろう。でも、笑わなくなったというわけではないから、そこまで悪い暮らしではないと思う。一人で歩いていても、特に寂しさは感じていない。しかし、小学生の頃には、毎月自主的に図書館へと通うようになるとは、想像だにしなかった。そこは、授業で調べなければならないことがあるときに、仕方なく行く場所だった。本も好きではなかった。

それが、毎日のように文章を書いて、本も読むようになったのだから、すごい変化だと思う。一夜にして目覚めたわけではなく、ショートカットをしたわけでもなく、すごろくのマスを一つずつ、亀の歩みで駒を進めてきた。

そのようにして、たどり着ける場所があることを知ったのは、あの山登りだ。クラスみんなでバスに乗って、ハイキングに行った。山の名前は忘れた。小学3年生の体には急とも思える坂を、延々と登った先にだけ山頂があった。堆積した落ち葉に隠れて、ごろごろと石が転がっていた。息切れをしてもまだ、道は続いていた。その時、僕の頭にあったのは、ヤクルトスワローズの主軸であった岩村明憲の座右の銘「何苦楚魂」で、この言葉を何度も繰り返しながら、山道を歩いた。一歩ずつしか進めなかったが、それでも、一番上に着いた。

水筒に詰めた氷は溶け切ることなく、見晴らしの良い広場で、冷たい麦茶を飲んだ。お弁当も食べ終えてすぐに、帰途についた。下り坂になった道を、音速で走った。そのことを20年越しで書いた。過去に助けられたって感じだ。過去よ、ありがとう。

ブログ「いらけれ」

Posted by 後藤