世界に閉口する
これから始まるべたべたとした文章、スティッキーなプローズ。僕は廻田図書館を後にした。入ったときにロビーで行われていた選挙の何かは、出るときには終わっていた。まさか、あんなところで開票するわけはないだろうが、何だったのだろうか。そこで僕は、主に文学や社会学、哲学の棚の前にいた。近くのテーブルでは若い女性が、勉強なのか仕事なのか、何かの処理にずっと手を動かしていた。そして、はっきりと文学の本の背表紙に、背を向けていた。とても象徴的だと思った。そのときの僕はまだ見ていないが、株の勉強のために見た初心者向け解説動画のなかで講師は、50万円の資金で取引を行っているという視聴者からの質問に、50万円なんてすぐ溶ける、50万円ぐらいなら溶けても容易に稼げるのだから、まずは1000万円にしろ、1000万円になればかなり安定すると話していた。セグメンテーションである。同じ地球で生きているように見えるが、僕らは個別に、平行世界を生きているのだ。例えばあなたは、ピューディパイを知っているのか、ということである。僕は、この世界一のユーチューバー(だった?詳しい事情は分からない)の名前を、最近知った。僕は、それなりに文化というものに目を向けているつもりだったが、『アフター6ジャンクション』に出演していたケイン・コスギが、「ストリーマー」として紹介されていて、もちろんその言葉も知らなくて、それを調べるなかで、やっと彼に辿り着いたのだった。これは、世界が分断されているというような単純な話ではない。これは、僕自身が望んで選んだ分断なのだ。自分で選んだサイトだけ見て、自分で選んだアカウントだけフォローしているから、その外側にある文化の情報は入ってこない。そして、このようにしてインターネット環境を構成している内に、自分の好きなもの以外の情報が表示されていても、目に入ってこないように、スルーしてしまうようになっているのだろう。道に軟球が落ちている。それも、何球も落ちている。なんだろう。それなりに通行量のある道で、危ないと思ったので、縁石の向こうの浄水場の柵の方に避けておく。顔を逆に向ければ、大きなグラウンドがある。そうか、中学校が隣にあるのか。しかし、フェンスはとても大きい。軟球は硬球よりも飛ばないということは、野球経験者にとっての常識だが、そんなことは多くの人が知らない。スタープレイヤーにはときどき、学生時代の打球の飛距離がけた違いで、もともと設置されているフェンスを越えてしまうため、特別な防球ネットが用意されたというような逸話が残っている。もしかしたらここで、未来のスターがけた違いのホームランを打ったのかもしれない。すべては空想に過ぎないが、とても美しい放物線が、僕には見えた。
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