夏のある日に。

政治で生計を立てている人や、政治を語ることで自己肯定している人とは違う形で、それでいて政治的な人間でいたい。だから、言葉にしないが見ている。

いつも自分が高い位置にいって、「人間ってやつはコレだからダメだ」などと思う僕も、「こういう人がいるならまだすてたもんじゃないな」と感じる記事を読んだ。

平和へ祈りは余裕が生む。まだ平和を祈るくらいには余裕がある、ギリギリ。

自分の心が攻撃的になり他罰的になるとき、そこには被害者意識と余裕のなさを感じる状況があったりするものだ。

誰もが見誤ることなく、暮らしていければいいね。

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