テスト(色んなことの)

もっと自由にやりたいと思っている。何でも、自由なようで自由でない。
保坂和志のホームページ、「パンドラの香箱」に(試行錯誤に漂う 31「みすず」2015年10月号)「カフカの『変身』をひきこもりの話として読まない」とあって、これは本当にそう思う。
何かが何かの暗喩としてあるという考え方で芸術作品を見ると、そこで描かれているものを小さくしてしまうと思う。目が覚めたら虫になっていた、それ以上でもそれ以下でもないとしたら。そういうふうに考えたい。暗喩として理解してしまう、そのことによって、もっと大切な、世界とか人間とかについて、考える契機を奪ってしまいかねない。引きこもり問題なんて小さいものだ(引きこもり問題の、当事者にとっての大きさは理解している)。
ハトの首ふり”の話を聞いていたら(藤田祐樹(沖縄県立博物館・美術館学芸員) ハトの“首ふり”の謎にせまる!)、デイリーポータルZの話が出てきて驚いた(IoT三兄弟の「ハトの目線を体感できるメガネ」)。

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