ブログ「いらけれ」

精神のチェックポイントなのかもしれない。なにが?

文章を書ける、書けないということが、僕にとっての。体は元気だったとしても、訳もなく心が不調だったり、体の不調が、実は精神の異変によるものだったりする。そして、それに気付いてなかったりしてね。吉田アミさんのnote「壊れたあたまの直しかた」で、書かれていたことに影響されているな、これ。読んでグッときたから、同じようなことを書いてしまった。それもこれも、本当に悪いことなのか?

テレビで、新日本プロレスの東京ドーム大会(イッテンヨンね)をやっていて、でもまあ、やらなきゃいけないことがあったというのもあるんだけど、パソコンで作業しながらぼんやり見てしまって、そのことを夜中に後悔していた。でも、あくまでも自分にとってはだけど、もっと大切なことがあって、それに集中していただけで、それなのに、なんで後悔なんてしていたのかといえば、心の調子が悪かったからだ。

この前ローソンでもらったコーヒーの容器に、家にある紙パックのコーヒーを入れて飲んでいる。コップは汚れないし、蓋はあるし、容器が汚れたら捨てればいいし、利点だらけだと喜ぶ気持ちを上回って、みすぼらしくて虚しく、貧乏くさい自分が嫌で、人としてダメだと思ったんだけど、でも、これも考えてみれば、ただメンタルがやられていたからそう思っていただけだろう、きっと。みすぼらしいのは本当だけど。

めちゃくちゃ単純に、仕事が始まって憂鬱なのかもしれない。僕の人生は、無駄にするためにあるのではない。僕の人生は、僕がやりたいことを実現するためにある。つまり、金儲けより優先すべきことがある。あるいは、期待して見始めたアニメを、つまらないと感じてしまったことも、影響しているのかもしれない。合う合わないもあるし、そんなもんだと分かっている”つもり”でも、やっぱりダメージはあって、落ち込んでしまうことも、そういう経験はあなたにもあるはずだ。

ギターを持って街に出た人は、きっと、たくさんいた。でも、聞いてくれる人ができるまで、歌い続けた人は少なかったんじゃない?やめるポイントはいくつもあって、でも、やめていたら今の自分はない。出会えなかった人もいただろう。続けてきたことが自信になって、続けていくことが希望になる。

つかお前、大事そうに金貯めてないで、使えよ!そのままだとたぶん、そのまんまだぞ、お前!頑張って、結果、死んだ人を馬鹿にしたくないお前は、つまり頑張って死ぬべきなのだ。この怠惰と絶望のサークルを抜けて、、、なんか、この先が思いつかないという締まらない終わりだけど、でも、希望が手元にある今の僕は、それがいいと思った。