“なんだか幸せさ”

コラム「後藤の超批評」

街中で大声で一人で叫んでいるのは、だいたいおじさんだ。今日も歩いていたら、大声が結構な速度で近づいてきて抜いていった、自転車に乗ったおじさんだった、イヤホンをしていたから内容は確認できなかった。

「不機嫌に、怒鳴る」という表現形式は、つまりグルーミング的なコミュニケーションの取れないことの多い男性が、更に年を取って、ある社会的な疎外状態に置かれたことからくる発露なのか?

その”ずれた行為”が何を生み出し、何処へ行くのか……大体の場合、何も生まず何処へも行かない(見て見ぬふり)。「もうちょっと上手くやろうよ」と言う気もない。SNSを教えたら、もっと悲惨なことになりそうな気がする。

だから見て見ぬふりなのであって、無視すること、そこに正義はないが、しかし、正解もない。つまりおじさんと相対すること、応答することが、おじさんのためになるわけでもない。

だから僕は、突然の大声にビクッとしながら、そうっとその場から離れるしかないのである。