ブログ「いらけれ」

あと、あの露骨なプロダクトプレイスメント(そりゃ広告だからね!)も、一考に値するのではないだろうか。こちら側の注意を逸らさんとばかりに、画面上に現れる現実。ああ、ソフトバンクだなとか、グーグルだなとか、サントリーだなといったように、僕たちの世界とつながるアイテムが、散発的に登場する。考えてみれば、東京の街だって徹底的にリアルに描かれていて、その書き込みは偏執的と言ってもいいほどだ(映画の舞台となるのは、あくまでも”東京”で、あれがああなった後、埼玉や千葉がどうなったのかは、まったく言及されない)。それなのに、猫の姿はああだし、警察の髪型はリーゼントだし、須賀のキャラクターは加持リョウジを彷彿とさせるし(検索したら、同じこと思っている人がいっぱいいて安心した)、主人公はあれで、ヒロインやお姉さん役となるキャラクターがあれという、とにかくマンガ的/アニメ的な想像力で進んでいくわけで、それは、聖地巡礼が特別ではなくなった世界の、虚構のあり方なのかもしれないけれど、僕にとっては、そこが問題の中心点なのではないかという気が、書きながらしてきた。

あと単純に、雨の表現にはあれだけ凝るのに、花火になると突然平凡な描写になるの、なんなんだろうって思った。思って電車に乗った。座席に座ったら眠くなったので眠った。山手線に乗り換えて、渋谷で降りた。16時半ぐらいだった。

そこから歩いて、青山ブックセンターの方面へ向かった。近くのマクドナルド(!)に入って、月見バーガーのセットを頼んだ。店内は、まだ早い時間ということもあり、そこそこ空いている。中心には、少し高くなっている大きなテーブル席があり、女学生6人組が大きな声で喋っている。エネルギーが会話している感じ。隅の二人掛けに座った僕は、イヤホンをしながらこれを書いている。月見バーガー、一つだけだと物足りないな。でも、セットのポテトは全然なくならないな。ポテトをつまんでいる内に、少しずつ空腹が満たされていくと同時に、少しずつ混んできて、席を探して諦める人もちょくちょく見るようになったから、ポテトを食べ終わった僕は、イベントまでゆっくりするという計画を中止して、外へ出た。

青山には、スーパーマーケットがほとんどないという事実が、結構な驚きをもって僕に受け止められる。犬を散歩している人や、ビニール袋を提げている人もいるから、ここに暮らして、日々の買い物をしている人だっているはずなのに、西友の一つもないなんて。西友の便利さを思う。僕はおそらく、西友か、それに類するお店にある街に住んでいくのだろう、一生。

いつの間にか暗くなってきた東京で、ベンチに座って休憩する。少しだけ目を閉じる。(続)