ブログ「いらけれ」

イーユン・リー『黄金の少年、エメラルドの少女』を買ったのはだいぶ前のことで、NHKラジオで「文庫で味わうアメリカ短編」という番組を聞いたからで、番組が放送されたのは2020年のことで、この頃は、2022年の世界に起きるすべてのことを、私たちはまだ知らなかったのだと思うと、過ぎていった時の大きさが理解できてしまい、心が重たくなる。この先も時間は、前進しかしないのだろうか。

番組で取り上げられていたのは「優しさ」という一編で、私はそれを読んだら、会社帰りの電車よりも心が揺れている。人間という存在の本当が、そして、人々の信じている愛や親切や優しさの観念がまったくの間違いであり、幸福は勘違いにすぎないということが、寸分の狂いもなく描かれている。

読んで、文学とか小説と呼ばれる何かが、私のなかで形を変えた。言葉さえあれば、人生や世界のすべてよりも大きいものが書ける。でも、なんでそんなものを書き、そんなものを読むのだろう。読んだところで、幸せは頭のなかにある影で、現実の痛みを忘れるための痛み止めでしかないという、最悪の真実に目覚めるだけだっていうのに。