ブログ「いらけれ」

先週『カメラを止めるな!』を見たように、仕事終わり、時間はギリギリだし、疲れていたけど、『未来のミライ』を見に行った。新宿の、あのゴジラの東宝に。上演時間を少し過ぎて入ったスクリーンは、客席数が少なく、劇場のサイズが小さくて、少し不安になった。大きいところで掛けても人が入らないという判断をされているということだから。座って間もなく、場内は暗くなったけど、すぐに映画が始まるわけではなく、あまりにつまらなそうな実写映画の、つまらない予告を長々と見る羽目になった(アニメであるエヴァと、ペンギン・ハイウェイと、フリクリは面白そうだった)。
これから、映画がつまらなかったって話をする。ただ僕が『未来のミライ』を見て思ったことのほとんど、例えば『となりのトトロ』の影響(お父さん似すぎ!逆ネコバス!)は宇多丸さんのラジオの「ムービーウォッチメン」でも指摘されていたし、くんちゃんが未来ちゃんにいたずらするシーンの前に見せる顔が、奈良美智さんの絵に似ていると思ったのだが、その類似は、(同じシーンを指しているか分からないが)タニグチリウイチさんがツイートしたりしているわけだし、さらに映画評として、批判的なものならば小野寺系さん「小野寺系の『未来のミライ』評:いままでの細田作品の問題が、作家的深化とともに表面化」、肯定的なものなら添野知生さん「この夏必見!『未来のミライ』【連載】添野知生の新作映画を見て考えた(1)」の文章がある、その他にも多数の映画評やレビューがあるわけで、僕の言うことなんて誰かが言っているだろうし、ちゃんとしたものは、ちゃんとしたものを読んでほしい。だって僕は、細田守監督作品は『時をかける少女』と『サマーウォーズ』しか見ていないし、見たはずの映画も、あまり覚えていないのだから。
……なんつって、詳しい感想が読めるのは、明日なんですけどね。期待していてください!

「ナッツがいい」と聞いたので、ダイエットのために買った味付き落花生が美味い。体重は、そりゃあビタイチ落ちない。

読んでた本にイエロージャーナリズムが出てきた。詳しくはググってほしいわけだが、インターネットの出現によって似たような状況になったという話は、聞いたことあるかと思う。で、真に驚くべきというか、悲しむべきというか、それは二つの新聞が争うことによって質が低下したように、いくつかのサイトが争うことによって、インターネット上の言説の質が低下しただけではなく、それに引きずられるように、新聞、テレビ、ラジオといった他のメディアの言説の質も低下したことだ。このことから、「新しいメディア」が作られるたびに、世界の言葉が汚れると言えるのか?は、よく分からない。

ブログ「いらけれ」

高級そうなスーツで決めたおじさんや、魔女みたいな服をまとった女の人が電車を待っている。この人たちも、幼稚園児のころはポンチョを着ていたのだろうか。着ていたのだろうが、どこかで自分のキャラを、「俺は/私はこれでいく」と決めた、それはいつだったのだろうか。

書くことがいっぱいあって助かるなあ。まあ、書くことって言っても、ただ思いつきがあっただけなんだけど。でも、思いつくのだってダメなときはダメだ。思いつく気分になったのは、「菊地成孔の粋な夜電波」を聴いたからだ、8月11日放送分の。あのオープニングを、帽子を目深に被りながら聴いたとき、本当に悪い奴みたいな気持ちになった。最近、卑屈になりすぎていたなって思った。私にも、いろんな面がある、普段はいい奴の振りばかりしているけど。悪いところも、破壊的なところも。人格が多重だと狂ってるって言われるけど、もっと分裂的でもいいんじゃないだろうか。というか、狂ってないみたいな感じでここまで書いてきたけど……自分が狂っていないってどうして言える?ついさっきまで俺は、完全に正しく現実を把握しているつもりだった。依存症患者は、「自分は依存症ではない」と、よく言うそうだ。やっていることの間違いを分かっていながらやる奴は、ただのクズであって、狂人は完全に自分が正しいと確信している。完全に自分が正しいと確信している奴が狂人だ。確かなことは、セルフジャッジで狂ってないとは言えないということだ、しかし、自分が狂っているのではないかと毎秒思いながら生きていたら本当に狂ってしまうだろう。つまり、人間には二種類しかない。狂っている奴と、これから狂う奴さ。


TOUR TAPE | American Pleasure Club

イングランドプレミアリーグの開幕を、その二日後に試合が再放送されているのを見て知った。最近は、本当にぼーっとしていけないと思っているのだが、そんな僕だから、American Pleasure Club(Teen Suicide)の新しいアルバム『TOUR TAPE』が5月にリリースされていたのを今知った、時間はあっという間に過ぎて。アップルミュージックのライブラリの彼らのアイコンが変わっていて、それで気になってクリックしたのが知ったきっかけだったんだけど、相変わらず良い音楽をやってくれていてよかった。
最後の曲の「TOGETHER IN THE BIG BLACK CAR」というタイトルを見て、その曲の歌詞とはまったく関係がなく(アルバムタイトルにツアーが入っているのは関係あるかもだが)、よくバンドマンたちが、ツアーを機材車(?)で一緒に旅したことを曲にしたり、MVにしたりするでしょ。フラワーカンパニーズ の「ハイエース」とか。 あと、トークのネタにしたりとか。そういうの見ると、「羨ましい」ってすげー思うなって。
人間の共同性が作り出すものや、バンドのような人間同士の結びつきでしか作れないものって絶対あると思う。もしかしたら、文章を書く人にとっては、ミニコミを作るとか、同人誌を作るとかというのが、それにあたるのかもしれないけど、やったことない。友達がいないから。

ブログ「いらけれ」

Moe and Ghostsの「語るまでもない」を聞きながら書いたので、みなさんも聞いてください。「カタルシスがないと語るまでもない」!!

「喧嘩が強い」というのは、それを格闘技に使うとか、誰かのボディーガードになるとかするならば良いものだろうけど、道行く人を殴るんだったら、それはダメじゃん?それと同じで、「日本には組織力がある」みたいな、それが本当か眉唾物の言葉も、組織力があるとしたって、それを良い方向に使わないのであれば、不正や、それの隠ぺいに使うのであれば、ただの悪だと思う。「力をどう使うか」という道徳的なところの方が、力が強いことよりよっぽど大事でしょ。

NHK杯を見終わって、そのまま付けていたテレビで、炎天下で躍動する高校球児たち、投げた打ったしている彼らの一人が打席に入って、耳に入ってくる「千本桜」をアレンジした応援テーマに、『今はそういう感じなんだ』なんて思っていたら、アナウンサーが選手の名前を呼んだ、その下の名前が、小学校のころの親友の名前と同じだったから、小学校の内に転校してしまった彼のこと、もう十何年会っていない彼とのいろいろな思い出が、0.1秒以下の高速で、一気に思い出された。
まだ誰にも言っていないし書いてもいない、もしかしたら彼も覚えていないような記憶のことを、いつか書くのかもしれないけど、今は僕の内で大切にして、教えてあげない。

長いこと無職だったからお金がない。しかし、クレジットカードで買い物をすれば支払いを先延ばしできる。正確には、買い物にはauのプリペイドカードを使っていて、そのカードのチャージには、携帯料金と一緒に支払いをする「かんたん決済」を利用していて、その携帯料金はクレジットカードから引き落とされる設定になっている。つまり、今日の買い物は、携帯料金と一緒に払うから一か月先、また、携帯料金を払ったクレジットカードの請求が来るのがさらに一か月先だから、計二か月先に支払えばいい、それまでにお金があればいいことになる。だから(だから?)、今働いているのをいいことに、バンバン買い物をしているわけだが……。こういうところに、俺の「ダメ人間っぷり」が現れている気がする……。
だって辞めるかもしれないのよ?まだタウンワークとか見てるし。保険のために、並行して働ける新しいバイト先探しているし。しかし、ダブルワークとか副業とか、日本にもっと土日に働く企業が増えるようにならないと無理だよね。探しても、今のシフトの中で働ける先がねーもの。
だから(だから?)、お願いします、誰か雇ってください。こういうのじゃなくて、ちゃんとした文章も書けるよ!

ブログ「いらけれ」

だいたいヤクルトスワローズが勝っていると気分がいいぼくだけど、スワローズの近藤投手が登板している場面と、WWEのジェフ・ハーディ選手の試合と、ぼくの見ているときの気持ちは全く一緒で、「早く休ませてあげて」だ。それしか思えない。

新宿の駅前の雑踏の、そこに行き交う人たちの話し声がすべて耳に入ってくるような、SNSにはそんな感じがしていて、あの人がこう言っているからとか、こういう意見が多数派だからとか、思わないはずがない。自分は自分の手綱を握って、統制下に置いているつもりだけど、自分で考えたことだって、誰かの影響を受けていて、それは、決して悪いことばかりじゃない、もちろん。でも私は、「これが私の考えでござい」って、私を全面的に信じることはできない。
私が、人目につかないところで、公にしていないところで、その過去で、誰かには到底想像もつかないようなリアリティで生きているのと同様に、誰もが、誰にも想像できないリアリティを持って生きているのだとしたら、それは、私たちの、お互いの間に、雪渓のクレバスのように、想像力では補えない深い裂け目が広がっているということで、だから「想像しましょう」では、想像できないのだから駄目だ。共感しえないこと、分かりえないこと、想像の外、思いついたり、考えられることの外があることを、その想像力の中で想像し、いつも心に留めておく必要がある。
こういうのを「抹香臭い」っていうのかな?「抹香臭い」って、いつか実生活で使ってみたい言葉だ。

病院の壁は驚くほど綺麗だった。男が、それまで手にしていた文庫本を放って、茶色い床頭台の観音開きドアを開けて、カードを差し込んだらテレビが映った。彼はそれを眺めていた。ニュースによれば、歌舞伎役者と女優の婚約が解消されたという。なんでも、女が昔ホステスとして働いていたことを、男の親族が問題視したのだそうだ。彼は、二人がすべての面倒を打ち捨てて、駆け落ちするところを想像した。彼らにはそれができないことを承知の上で、とても強く、そうしたらいいのにと思った。


GRAPEVINE – Arma

無限にあるはずの未来が
掴みかけてはまた遠ざかる
手を伸ばせもっと
届かないのもそれがご愛嬌

なぜかこのタイミングで、YouTubeにMVのフルバージョンがアップされていた。これが発売されたころか、少し前だったのか、ラジオの録音(「伊集院光の深夜の馬鹿力」だったか)を聞いていたら、採用面接の前か後かにこれが流れてきて、泣きそうになったんだった。受けたのがどの企業だったかも忘れてしまっているくらいに、全ての記憶は断片的だけど、あの気持ちだけは確かだ。