2015年も終わりだし好き勝手書いてしまおう:後編

なんといっても、ブログを始めた、この「いらいらしている、けれどやさしい」が始まった2015年だった。
年の瀬。
紅白含め、大晦日のテレビを見ていると、日本という国があらためてよく分からなくなる。バンプが紅白に出ていた。小林幸子のところでコメント弾幕が流れていた。曙が血を出していた。ヒョードルが政治利用されていた。
2015は色んなものが還ってきた年で、ノスタルジーや記憶、思い出も含めての消費って感じだった。それがメインストリームなのは、金を持ってる層、使う層の年齢が上がってるとか、そういうことなんじゃねーかな。
LGBTについてとか詳しくないし、歴史とか。でも、言及される機会が増えたことで、問題発言も増えたのは間違いないと思う。もっとタブー視?されていて、無視されていた時代とは別の、嫌な場面にもあうのだろう。
現実の世界では、PCとか、考えられていない言葉も苦笑いで済まされてしまいがちだ。SNS以降の映画は、そこが厳しくなっていて、で、来年は、テレビとかもっと問題になるんじゃないかと予想している。
日常的テレビ(バラエティ)の中で、流れていく中で、しっかり見たら不味いものはたくさんあるし。「PC的に正しい」とは何か?とか詰められたら答えられないが。結構びみょうだし。
とか、テキストとして残すことが、来年も目標です。皆さま、よいお年を。

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