「なぜ応援するか論」を受けて~Twitterの使い方論

ラジオ「とくにないよね」2017年06月28日第四十九回 特別配信 「なぜ応援するか論」を受けて~Twitterの使い方論 特別ゲスト:とびおさんより書き起こし

G=後藤
O=押川
T=とびお

アイドルと応援

G「今日はとびおさんが喋りたいことがあるということで。最近こんなこと考えたよ、みたいな」
T「考えたこと……考えたというより見た」
G「見た」
T「『ザ・ノンフィクション』で」
G「あー、ニートの特集ですか」
T「いや、アイドルの特集で、五十何歳の人を追っかけてるやつが」
G「え、アイドルが五十何歳なんですか(笑)」



T「いやいや、違う違う」
G「五十何歳が追いかけている方」
T「そうです。一つのグループを追いかけてて、そのグループが解散しちゃって、そこで前編が終わる」
G「はいはい」
T「で、ちょっと期間が空いて、その中の推してた子がソロで活動し始めて、やっぱりまた追いかける、というのをただ追ってるだけなんですけど」
G「追いかけてる追ってるんですね」
T「そうです(チーンという音)。追う人を追ってて」
G「正解が出た」
O「トースターが焼けただけや」
G&O「(笑)」
T「えっ」
G「気にしないでください、戯言なんで(笑)」
T「それがなんか、年食ってるせいもあるかもしれないですけど、なんか分別がついた追っかけ方というか、終わることを予め予期しているというか、儚い感じの、アイドルが儚いというより、そのおじさんが儚く思ったんですけど、すごく」
G「なるほど」
T「別に、それをいいとも悪いともいえない、何ともいえない気持ちになったんですけど。アイドルってやっぱ不思議だなと思ったんです」
G「一番最近の東京ポッド許可局で『なぜ応援するか論』ってやってましたけど、かなり近い話ですよね」
T「あー」
G「ちなみに押川さん、何か応援してます?」
O「なーんもしてない」
G「応援したことありますか?」
O「したことないなー」
G「あ、でも、小学生とかの運動会の応援って、たぶん原始応援みたいなものを刷り込まれてる気がするんですよね」
T「あー、そうですね」
G「赤勝て、白勝てみたいな。だってあんなの、紅組とかって適当に決まってるものなのに、一喜一憂して、ダメだった奴ちょっといじめられるくらいの」
T「(笑)」
G「勝とうが、負けようがなにもないのに、なんであんなに一生懸命だったのか考えると」
T「確かにそうっすね、なるほど」
G「原始応援の形なんじゃないかと。そういうのはやってました?押川さん」
O「そういうのはやってたね、小学校の時とか。それくらいだなー。だから、個人的に何か応援とかはないなー」
T「あー」
G「先週の許可局なんかだと、微妙に言葉が混ざっていて、応援することと、ファンであること、好きなことって結構微妙な違いがあると思うんですよ」
T「まー、そうですね、確かに。あと推しとか」
G「推しはかなり微妙なワードですけど。プッシュの推し」
T「あー、そういうことか、プッシュの推しなのか」
G「というか、推薦……?なんていったらいいか分からないですけど、微妙な話題だなーと思いながら聞いてたんですけど。で、応援って、わりと辞書的な意味でいくと、声援を送ったりして”力を与える”こと、みたいな」
T「あー、はいはい」
G「っていうことが、わりと辞書的な、第一義的なところで出てくるんですね。で、きっと応援っていう言葉からは、そういうことがイメージされやすいんですけど」
T「うん」
G「応援って実は、応援する側のものじゃない?っていうのを考えていて。応援すると楽しいとか、応援すると何か結果が出た時嬉しいとか、応援している人がダメだと一緒に悲しめる、とかっていう形において、(コンテンツの)受け手側のものとして機能している部分が大きいんじゃないか、実は。というのを聞きながら考えてたんですけど。応援してる側の人たちが」
T「してる?」
G「応援されてる人たちではなく、応援してる側の人たちがやりたくてやってるんだ、というのが大きいんじゃないのかなー、実は、と」
T「そうですね、そうか。なんかニュアンス的には、不完全な対象のもの、アイドルでいうと、そういう観点がある感じはしているんですけど、そういうのは自分の子どもが何かしているのをを応援するみたいなのに近いんですかね」
G「あー、マキタさんもそういう話してましたけど。応援するって何なのかというのをもっと考えていくと結構微妙な話で、例えば、何かアイドルのグッズを買うという応援の形もあるじゃないですか」
T「はいはい」
G「それと、声援を送る応援の形って違っていて。あと、例えば、じゃあ家で見ながら応援するってどう違うのってなると、多分、祈り的な応援と、行為的な応援の形があって」
T「はい」
G「行為っていうのは、金を使ったり、具体的に何か、例えばアイドルの動画をシェアするというのだって、広めようという行為的な応援だったりする。でも、声をかけるっていうのは行為的な応援でもありながら、通じないことを前提としたコミュニケーションなので、祈りに近い」
T「あー、そういうことか。応援したところで決定的な何かが生まれるわけではないという」
G「AKBとか最近問題になってましたけど、握手券なり選挙権を買うという具体的な行為としての応援と、劇場に通ってそこで声をかけたいって応援みたいなものって、全部一個の応援として語られがちなんだけど、微妙に」
T「微妙に違いますね」
G「違いながら、同居していて、混ざっていて。そこ、腑分けしないで、許可局は大雑把に語るから、それも面白いんですけど、考えていくと微妙に違うぞという」
T「なんかこう、上から目線じゃないけど、自分が引っ張り上げてあげてる、みたいな目線と、全く逆の、完全に下からの、何々してくれるだけでありがたいみたいなのが混ざっちゃってて」
G「なるほど」
T「だから、物を買うっていうことが応援だっていう観点って、自分に全くなかったんですよ」
G「あー」
T「それって裏側が全部バレた後の話みたいな感じがして。今まで例えば、好きなアーティストだとか作家でも、本を買うとか、アルバムを買うとかっていう行為って、すごい個人的なものでしかなかったんですよ」
G「うん」
T「その対象に対して何か奉仕するっていう観点は一切なくやってたんですよ。だけど、今ってもう、その自分が購入する活動が、運営につながるっていうんですか、そういう観点で買ってる人も結構いるじゃないですか。それがすごい不思議っていうか、資本主義が一周した感じっていうか」
G「消費の形態が変わってるというのもありますしね」
T「それ面白いなー、その観点で買わないもんなー、普段」
G「個人の消費として、ある何か本なり音楽を、というのとは別に、それを作る作り手の為に、みたいな視点が入ってきているのもありますよね」
T「そうですよね。そこを作り手側も大っぴらにする時代っていうんですか、今まで隠されていてわけじゃないど、見なくても成立してたという感じはするけど」
G「うん」
T「まあ、あのクラウドファンディングとかもそうですよね」
G「特にそうですよね」
T「すごく大っぴらに、お金がないですと、下さいというのを、応援してくださいという向こうからのアピールがすごく出てきている感じがして」
G「人間には応援欲があるんだというのをマキタさんが、応援したい欲っていうのがあると、人間には。そういうのを使うビジネスがあるよ、っていうのを気を付けた方がいいんじゃないのって言ってたんですけど、要するにそういうことですよね」
T「はー」
G「作り手側が、応援されビジネスとして何かを仕掛けていくときに、応援されるようにプロモーションなりをしていくっていう。応援したくなるような形で。あんまり詳しくないですけど、特にそういうのが上手いのは、岡崎体育とか、多分今バズってる人っていうのはそういうのが上手いんだろうなというのは感じますけど」
T「なるほど。所謂アイドルにはすごく嵌る感じがするっていうか、未成熟なものとして、成長を見守るファンみたな観点からいうと、すごい応援しやすいシステムにはなってるんだろうな、と」
G「ちょっと深く、今の話を受けて踏み込んでいくと、アイドルを応援した先に、どうなるのかということだと思うんですよ。たぶん、自分がどうなりたいかっていう視点が入ってくるとガチ恋って呼ばれるものになってくと思うんです。ガチ恋ってわかります?」

ガチ恋とは

O「分からない」
G「ガチの恋、ガチで恋愛したいと思う、アイツと付き合いたいというのをアイドルに思ってしまうという押し形態があるんですよ」
T「おー(笑)なるほど」
G「それって、自分がその子と付き合いたいっていう応援の仕方じゃないですか。そうじゃなくて例えば、その子が成長してトップスターになってほしいと思うとか、その中で結婚して、子どもを産んでみたいな幸せな道を歩んでもいいよって思うとか、自分っていう視点が抜けていくと、応援ってそういう風にもなれるんだけど、自分がどうなりたかっていうのが入っていくと」
T「はー、そうか」
G「応援する私の問題がここには入ってきて、自分が利益を受けたいというか、良い思いをしたいってなると、またちょっと応援ってだけじゃなくなると思うんですよね。だから、許可局の中でも、最近AKBの中で結婚した人がいて、その人に対してふざけるなっていってるファンがいたけどどうなんだ、みたいな話もしてたけど」
T「うん」
G「そういうファンってガチ恋って呼ばれているものだと思っていて、で、ガチ恋はそれはそれで悪くないんだけど、今までだったらSNSとかないし。えっと、爆笑問題カーボーイで、その話題に触れていて」
T「はい」
G「田中さんは自分がキョンキョンのファンだった経験もあるから、バカヤローって海に向かって叫べばいいんだ、と言っていて。そうやって消化していくしかないでしょう、そうやって明日からも生きていくんだよっていう。ガチ恋と、自分の中で折り合いを付けるんだって話だと思うんですけど。今だとSNSでアイツマジ許さない、殺すぞみたいなところまで行っちゃう現実もあり」
T「うんうん」
G「ここではSNSで表出する私みたいな問題も関わってくるし、それが届いちゃうっていう問題もあるし」
T「ガチ恋っていう概念は、ファン同士の中では許容されてるんですか」
G「どうなんですかねー……まあ、しかし、全てのファンはガチ恋でなければならないとすら思うようなところもあるじゃないですか、ガチ恋じゃないならファンといえるのか(笑)」
T「原理主義ですね(笑)」
G「原理主義的にいうならば。今の時代、マキタさんが、あえてやってるんだよ、というエクスキューズをもって入り込んでいるんだみたいな、これはもう少し難しい言葉を使うとアイロニカルな没入ってやつだと思うんですけど」
T「はー」
G「そういう距離感をもって、自分は分かっているんだ、自分はアイドルが虚像であるのも分かっていて好きでいるんだよ、という距離の取り方を、それじゃダメでしょという人もいて」
T「ほー」
G「濱野智史さんっていう、社会学者なのかなの人が」
T「あー『アーキテクチャの生態系』」
G「その人が、それじゃダメなんだって言ってますけど」
T「ダメって、何がダメなんだろう(笑)」
G「要するに、アイドル古参、アイドルファン古参みたいな人が、「アイロニカルな没入乙」みたいなことを言ってしまうと。対象が嘘であることも分かっていて、あえて好きなフリしてるんでしょみたいな物言いから、いやいやガチで好きなんだよに行ったほうが人生楽しいじゃん、みたいなことを言っていて」
T「なるほどね~そうか、そうなんだ。じゃあ、それは異端とされていることではないということですね」
G「まあ、全体として俯瞰して状況を語れるほど詳しくないですけど。原理的なあり方としてそれが間違っているのかと言われれば(笑)」
T「それは(笑)」
G「そうですよね、だって、あえて好きですみたいなもののほうが、捩じれてるっちゃ捩じれてるわけで」
T「そうですよね、もちろん」
G「人として、あり方として。何かを恋するように好きになり、ハマってしまって、っていうのが普通のあり方とは言えて、対処の仕方の方が問題なのかなって感じはありますけどね」
T「そういうことか」
G「SNSで殺害予告、みたいな方までエスカレーションしていくことがいいのかという問題なのかもしれないし」
T「それは、逆を返せば、アイドル的なものにしか完全に没入できないってことなんですかね。例えば普通の、一般人同士でそういうことが行われたらマズいわけじゃないですか、一方的であれば。エスカレートすると、犯罪に走るじゃないですけど。それが、アイドルには……アイドルも危ない人もいるもんな」
G「最近も握手会で殺してやるって人もいるし」
T「そうですよね、確かに」
G「ま、アイドルの方がたぶん、そういう気持ちを引き起こしやすいんだと思うんですよ。一般人同士で、隣の席の女の子を応援するってやつはいないと思うんですよ」
T「はいはい、そうですね」
G「好きになったんなら、何かしらの行為を伴い、アクションが出来るという意味において、そういう近接性もあるので。アイドルって応援されることによって成り立つビジネスでありながら、ある種、手の届かない虚像であり続けるというところにおいて、妄想みたいなものが大きくなりやすいし、好きになる気持ちが大きくなりやすいみたいなことはある」
T「そうですね」
G「で、しかも、それによって保っているビジネスモデルでもあるということですよね。一般人に対して好きになる、一般人が。それは恋なので。それは各々で処理せよってことじゃないですか(笑)。普通の恋愛として成就するか否かみたいな話なんですけど、アイドルに対してそういう気持ちを持つというのは、またちょっと違うあり方ではありますね」
T「なるほど」
G「実際、AKBで結婚した子は、結婚相手が元ファンだった、という、そういうドリームも実はあっちゃったりするってのが、よくないっちゃよくないんですけど」
T「なるほど、さらに」
G「さらに、よくない(笑)」
T「その場合の、ガチ恋っていうものの、対象への目線っていうのは、あくまでアイドルとしての認識なのか、個人として認識しちゃってるのかというのが気になるなーというのがあって」
G「アイドルでいるその子が好きなのか、アイドルを辞めて自分の隣に来てほしいのか問題」
T「それが面白いですよね(笑)」
G「押川さん、どうですか(笑)」
O「セーラー服を脱がさないでっていうことだな」
T「うーん」
O「アイドルというセーラー服を脱がさないでという」
G「何かすごい深いことを言った?」
T「まとめちゃった。そうですよねー」

応援とファンダム

G「個人史的な体験として、最近アイドルにハマってるんですけど、恋愛対象みたいなものとして見る、というのは抜けていて、パフォーマンスを見たり、その子が活動、活躍しているのが好きなので、僕としては自分の隣に来てほしいとは思わないし、自分と結婚してほしいとも誰かと結婚してほしくないとも思わないというあり方なんですけど」
T「うん」
G「当然のように、ファンの中には、恋愛対象として見ている人もいれば、というのも見ているので、自分のあり方が正しいなんて一概には言えないし」
T「そうですよね」
G「アイドル好きは皆、自分の推しの女の子と結婚したいと思ってはいけない、そんなのは絶対ありえないから(笑)」
T「そうですね、思うのは勝手ですからね(笑)その場合の応援っていうのは別に、対象がたまたまアイドルだったみたいな話だったのか」
G「そうかもしれないですね」
T「それが別に、アイドルっていう枠組みでなくても変わりはないのかなという。アイドル特有の魅力みたいなのはあるんじゃないのかな」
G「もちろんもちろん、何かを見てるんだと思うんですよね、そこには。可愛いだけなら動物とかでもいいし」
T「そうですよね、猫とか」
G「猫でいいんで(笑)可愛いだけなら。なんで人なのか」
T「うんうん」
G「わりと、女優みたいな人のあり方って、やっぱりアイドルとは違っていて。ファンの付き方も。吉岡里帆さんとか、今一番幸せだと思うんですけど。ファンもいて、人気もあって、厄介なことにはあまり巻き込まれずってあり方ってあるんだって、女優とかだと。アイドルだともっと厄介なあり方を引き寄せてしまうというのはありますよね」
T「それは、やっぱ応援につながるのかな。あんまり女優、俳優を応援しようっていう観点でみたことないし、作家を応援しようって観点で見たことないけど、アイドルにはそれが必要な部分が強いし、向こうも応援してくださいっていうスタンス、それって特殊なあり方なんですかね」
G「特殊というか、それを含んだビジネスモデルという感じですよね。あとやっぱり、自分への視線みたいなものが、応援している自分がどうなりたいかというのが問題だと思うんですよ。SNSでわざわざ言ったりとかするっていう、私この人応援してますっていう自分みたいなものがそこにはそこには存在していて」
T「あー、それはアイデンティティ的に」
G「表現行動として。それがやっぱ、ファンコミュニティとか、ファンヒエラルキーの問題にもつながっていくと思うんですよ。要するに、古参と新参の戦いみたいなものにも、私はこんだけ好きなんだ、みたいなものにもつながっていくし」
T「(笑)あー、そこのコミュニティかー」
G「あのー、許可局の中でも、ちょっとしか出てこなかった話題としては、そのファンヒエラルキーとかファンコミュニティの問題はありますよね。それは、マキタさんが野球場に行って、声とか出してすごいスッキリしたから、やっぱ現場が大事みたいな話をしてたんだけど、SNSより。でも今は、現場もあればSNSもある時代じゃないですか、SNS無しっていうのは考えられないから。その二つが同時に存在していて、やっぱりSNS無視できないし、その中で、ファンダムっていうのか、そういうのが形成されていく中で、厄介な問題を引き起こしているっていうのは絶対あって」
T「あー、なるほどー。それは知らないもんなー、知らない世界だもんな」
G「きついっすよ。俺はちょっとだけ追ったことありますけど、今好きなTWICEってアイドルについて、要するに、毎回ファンのサイン会に行って写真をあげて、で、CDを何枚も買って、付いてくるトレカの束を、こんだけ買ったのに全部集まらないよみたいなことをつぶやいてる人を見ると、きついなーという」
T「すごいなー」
G「こんだけ私は好きなんですよっていう表出に対するきつみ、みたいなものがあって。そこまでしないとファンって言えないのかっていうのもあるし、ファンだったらこうするのは当然でしょっていう雰囲気も感じてしまうわけですよ」
T「えぐいなー(笑)」
G「しかも、わりとファンダムみたいなものから外れた時に簡単に、人はアンチになるので」
T「ほー」
G「えっと、TWICEとか、韓流全般なのかはわからないですけど、out○○ってハッシュタグがあって、要するにそこでは、アイツらこんだけダメだぜみたいなことを言いあうという」
T「えー……それは元ファンがやってるんでしょうね」
G「そうですね。だったり、近いグループを好きだったりするファン」
T「あー」
G「コンサートで一瞬口パク遅れてるぞ、みたいなのが。動画を載せながら、最年長なのにここで気を抜いてるのほんとダメだよねとか、日本人メンバー同士マジ絶対仲悪いと思うわ、みたいなのが書かれているのを見てですね、これは近づいてはいけないと思って(笑)」
T「すごい世界だな、それは」
G「しかも、わりと、ファンも兼ねてたりするんですね、そういう人たちが。ファンでありつつ、こういうとこダメだよねみたいなのを書いたりとかもするし、ファンだった人が辞めて、アンチになってそういうのを書いてたりもするしというので、きつみを(笑)」
T「すごいですね(笑)なるほど。それは恐ろしいですね」
G「……押川さんまとめて(笑)かなり踏み込んだ話をしてしまったから。……なんかありますか」
T「いやー、やっぱりこう、そういう人たちが、なんでそうなっちゃうのかっていうのが、その人の個人的な問題なのか」
G「そうですよねー」
T「それもつながっている感じも……そういうことを表現したいというのも、やっぱりその人固有の問題がそこに絡まっているのかなと。そうなってくるとさらにこじれてしまって(笑)よく分からないですけどね」
G「それを、全部解決するってなると、社会の問題を全部解決できるぜってなってしまうので無理ですが、要するに二つどっちもあるよって話でしかなくて、どんな大きな犯罪を犯した人でも、犯人特有の問題だともいえるし、社会の問題だともいえるわけじゃないですか。どっちもあるということで。SNSが生んでいるっていう部分ももちろんあるけど、そこでわざわざやるって個人の問題でもあるし」
T「そうですよね、やらないで、それをやらずに応援している人もいるわけですもんね」
G「自分もツイッターやって、アイドルについてつぶやきますけど、そういうヤバい方に行かないっていうのは、自分の美意識の問題でしかない気もするんですよね」
T「あー、はい」
G「そういうのを良しとしないというか」
T「それは分かりますね。なるほど。うまく使ってんなって人と、ものすごい捌け口の人といますもんね」
G「とびおさんはなんでツイッターをやらないんですか」

ツイッターの使い方論

T「なんで……」
G「怒りますよ、ファボらせろっつってんだろ、ていう。ファボらせろ、ドンドン(机を叩く音)」
T「なんでやらないんだろう……」
G「僕、最近つぶやいてるの義務感ありますもん。一時間に一回はつぶやこうみたいな義務感が生まれました。見ている人いるんだと思うと」
T「あー」
G「自分がそういうの見るの好きだから、見せたいみたいな。下らなくても見せたいみたなのもあるし、自分の美意識ですけど」
T「なるほど、それもまた、そうか」
G「SNSって、どういう自分を見せるかじゃないですか、半分は」
T「そうですね。あんまりそこを、たぶん見るための道具として使い始めたところがあって」
G「あー、それは分かります」
T「あんまり、見せるっていう意識がないのかなあ、とは思いますけどね」
G「たぶん、さっき例にあげた悪い使い方をしている人みたいな、捌け口として使うみたいなものとは別だってことじゃないですか。それは置いておくとして、自分をこう見せたいとか、こう思われたいとかそういうのがあまりないってことなんですかね」
T「ま、それは薄目だと思いますよね」
G「何が濃い目なんですか」
T「濃い目?」
G「何が濃い目なんすか、押川さん何が濃い目ですか」
O「水割り」
G&T「(笑)」
G「こういうときふると絶対面白いから、ほんと才能あるよね(笑)なんも聞いてないのに正解を出すという。で、とびおさんは何が濃い目なんすか、情報を集めたいみたいなのが?」
T「集めたいか……それもあると思いますけどね。あんまりこう、広く集めたいって感じではないので、そうなるとツイッターって、そういうツールでもないんで」
G「そうですよね」
T「掘りたいなら多分ツイッターじゃないじゃないですか。そういうところで相性が悪いのかな」
G「あー、なるほど。深く行きたいんだと。ブログを書いてくれってことですか、長文ブログを」
T「そっちの方が好きですね、読むのであれば。もちろん、短い文章の切れ味でっていうのも好きですけど、うん」
G「ツイッター論みたいなことになっちゃいますけど、短い言葉のネタ的ツイートがどんどんバズる、人気が出てしまうという中で、重要な社会問題もそういう一瞬の流れのなかに消えていってしまっているという感覚はあって、僕の中で」
T「それが同等のものとして並べられているというか」
G「そう、見捨てられていくというか、見逃されていくようなものとして、重要な社会問題に対する異議申し立ても、ネタツイートも流れていってる感覚はあって、ツイッター的社会がいいのかどうかっていうのも問題だなとは思いました。ある種、2ちゃんねる的なところからツイッター的な、アカウントを持ってという方に移行したのは、まあ、良かったんだろうとは思うんですけど、かといって今のままでいいのかというとどうなんだろう、長文ブログは誰も読まなくなってるので」
T「そうですよね」
G「あと、連続ツイートも誰も読まなくないっすか、みたいなことはあって。続くってなっているものって、ほとんどの人は読み飛ばしているんじゃないかという意識があって、いいのかなという風に思うところは確かにあります」
T「部分だけ見てって、そうだよな。そうなるよなー」
G「あと、○○はこう言っていたという流言がですね、今年に入って3件くらい確認してるんですけど」
T「それはその、有名な人がこんなこと言っていたという?」
G「そうです、例えばラジオでこういうこと言ってたとか、この記事でこういうこと言ってるぞって書かれてるんだけど、実際読むとそうは言ってないとか」
T「あー」
G「でも、アイツはこういうこと言いそうだなみたいなので、リツイートしていくみたいなのって、もうなんていうんだろう、そこのファクトチェックじゃないですけど、真実性みたいなところは全然問われなくなってるんだなーって、だから有名人辛い時代ですよね」
T「なるほど、誤解じゃないけど」
G「半分悪意もあるのかもしれないですから。例えば、○○はデモに行っても世界は変わらなくて、人が死ぬようなデモじゃないと社会は変わらないんだって言っていた、みたいなものを色んな人がリツイートしてるのを見たんですけど、じゃあこのリツイートしてる人の中で、その元の発言をちゃんとチェックした人は何人いるんだっていうことじゃないですか」
T「あーなるほど」
G「そこを確認する方が大事なわけで、実は。誰々が何々言ってたよ、よりは。それが問われなくなっちゃってるなーと。ま、押川さんはツイッターやらない人間ですからね?」
O「田舎のおばあちゃん思い出すわー」
G「(笑)あー、でも田舎のおばあちゃん型社会と言えるかもしれない」
O「東京の大学に行ってますって言ってるのに、東京大学って広まっちゃう。そういうの、はぁ~って思っちゃうんだよね」
G「そういう人が、いっぱいいるのが今のSNS時代だと思う」
O「だから俺はしない、ツイッター」
T「なるほど」
G「しかも、それを別のおばあちゃんが広めちゃったりするわけでしょ、そういう社会だよね確かに」
T「うんうん」
G「その、ある種限定的なコミュニティの中で広まる分には訂正可能性もあるけど、何千リツイートとかなったら、訂正するのが難しい、同じ数の人が同じだけツイートしないと訂正はできないし、しかも、たまたま間違った情報を見た時と、正しい情報が流れてきたときに、また同じように見るかというと難しいし。よりその、辛い社会という感じがします」
T「なるほどね~、でもそこはもう、しょうがないですよね(笑)」
G「(笑)……あと、なんかあります?」
T「いや、もうないです」
G「(笑)」


投稿者: 後藤

「頭痛派」代表。作家/批評家/作詞家/ライター/ラジオパーソナリティー。ツイッター

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