君は何か言いたげだった

「無限から一つを選ぶことは、人間には難しすぎるでしょう?だから、必要なのは、迷っても”選べる”くらいの有限へ引き戻す、意味のない仕組みで」
「あー……締切……」
「そう。あと、文字数の制限とか掲載誌。そういうもののせいで書かざるを得ないことが大事だね。そうやって書くときに要請されるのが、設定とか物語」
「ああ……」
「設定や物語は意味であり、意味の中なら”選べる”から。それでも想像力のない人間には難しいけれどね」
「うう……」
「登場人物の背景を決める、時代を、舞台を決める。そうすれば自ずと起こることは限られてくる。起こらないはずのことも」
「うん」
「少しずつ起こらないはずのことを入れて、意外性を微調整しながら、読む人間の反応をコントールすれば良い」
「そんな……簡単に言うけどさ」
「できる?」
「無理」
「そう」とだけ、彼女は言った。

そうか小説なんて、大切な人の死ぬ映画や、悲しげなメロディの音楽のように、受け手の感情に影響を与えればいいだけなのか、ってわたしは思ったから、そうじゃない小説を書くことを試みている。新しい地図を描くために。
3カ月が過ぎて、ワードのページが1000になった。でもまだ書いてる。これがいつか、わたしの納得のいくものになったら、彼女に見せよう。


FoZZtone – 春と鉛

地獄について

果たして、どう生まれ、どう生きれば理想の人間、そもそも理想の人間像とはどんなものなのか。つまり今がこのようにして地獄であって、間違ってしまっているのだ。……ということについて、今度話すつもりだ。だから、”ここ”が地獄であることについて考えているんだけど、ただただ辛さが増すばかりで、困惑している。生まれたかった顔や身体、環境、なりたかったもの、欲しかった才能……いま欲しいものだってあるのに。一方そのころ、どこかで人が死んでいる。

2016/8/21

「少し前から始まっていたことだけどサー、国民的なものがどんどん終わっていってて、ついにはスマップかって感じだよな……もちろん、解散理由は事務所との問題なんだろうけどネ。」

「あべま?ってあるじゃんほら社長の趣味が反映されて、マージャンとかヒップホップとかやってる。あれ見たら麻雀団体の対抗戦やってて。これ結構歴史的なことだと思うんだけど、番組の作りが雑で、現場のオペレーションがなってない感じだった。何が言いたいかというと、結構なコンテンツでも、ネットの片隅なんだなと思ったんヨ。」

「もともと特別なオンリーワンって言われるまでもなくなんだけどネ。一応”わたしたち”ってあったはずだけど、そいうの壊れちゃってんなあってサ。わたしたちは、実はあまりにバラバラだったという真実があり、そしてそのバラバラで小さな世界が、よくしらないうちに乱立してて。隣の人とも全然違う暮らしなんだナ。」

「2016年は、一方でSMAPが終わり、アベマTVが始まり、オリンピックで日本が最多のメダルをとった年……カァ。」

設定が間違い?

とくにないよね第一回

色んな人と、「全てはクソである。何で生きてるか分からないから死んでもいい。死んでもいいような人生だから、嫌なことはしたくない」ということに頷き合ってきたけれど、そもそも死んでもいいなんてみんな本当には思ってなくて、だから、これは嘘だ。凄まじい妥協が証左だ。

惨めになっていく生を、それでも死んでいいなんて思えない時。宗教を考えなければならないのかもしれない。

記憶#1

だから太ってしまったのかもしれないと思うほど、幼少期の私は牛乳が飲みたかった。らしい。
その日も、もう何杯も飲んでいて、その姿に心配した母親から「最後の一杯」を注がれていた。
私はその液体が、もっと飲みたくて仕方なくて、母の手を”ちょん”と押した。
牛乳は、もちろんコップから溢れ、烈火のごとく怒る母に謝りながら私は、グランドピアノの下に泣きながら逃げた。

それが心的外傷になって、牛乳が嫌いになったなどということは無い。
無い、が、そこまで好きじゃない。幼い私が、なぜそこまでしてしまったのか、今となっては分からない。

それに、この記憶は怪しい。子供のころ住んでいた家に、グランドピアノなどなかったから。