僕たちが、言うことはもう、とくにないよね?

「「とくにないよね」2018/03/26 The Bitter End」
……いつまでリンクがあるのか分からないけれど。

2016年の7月に始めて、ただただ続けていたラジオが、3月に終わった。
終わったというか、正確には僕が終わらせた。
終わることに決めたのだった。

終わらせることにした理由はいくつもある。
しかし、その詳しい顛末は書くほどのものではないと思う。

僕たちには、たくさんの問題があった。
それには二人で抱えているものもあったろうし、個人に降りかかっているものもあった。
それは、間違いなくラジオの質の低下にも繋がっていただろうし(自分たちを客観的に判断することはできないけど)、だから、聞く人も減ったのだろうなと思っていたし、誰にも聞かれていないことが、また新たな問題となった(完全なる悪循環)。

会うことや話すことが、様々な事情もあり、色々な意味でキツくなっていた。
お金になるわけでもないのに、続ける理由を見出せなくなっていた。それだけのことだ。

しかし、(これを読んでいるあなたが知ってるかは分からないが)オリエンタルラジオがオールナイトニッポン生放送中にした喧嘩が一つの”伝説”になっているように、問題とは「ネタ」なのかもしれず、それこそが面白いと思う人も多いのかもしれず、僕の一存ではどうにもならない部分もあるとはいえ、無理にでも何とか続けて、もっと殺伐としたやり取りを公開した方が良かったのかもしれないが……今となってはもうどうでもいいことだ。少なくとも今の僕にとっては。

今の僕と違って、(もうあまり覚えていないけれど)始めたときには理想があった(と思う)し、間違いなく自信もあった。
しかしそれは、上手くいかない”現実”の中で失われた。
何かをするとき、表現するなどというときに必要なもの、それは”根拠”のようなものだと思うが、それがなくなってしまった。
意欲がなくなってしまった。自分のすることが面白いと思えない。

僕にさせる気がないので、このラジオが復活することはないだろうが、人生は続く。
思い返せば高校生時代、誰に見せるでもないノートに、誰に言われるでもなく評論や詩のような文章を書いていた。
すべてはその延長線上であって、病気のようなもので、どうしようもなく、僕はまた何かをすると思う。
僕がまた何かをしたその際には、よろしくお願いします。

後藤

持ってるオリジナリティ

28日に「とくにないよね」が更新された『#68 NEW

口頭な俺たちの海賊放送は、まさにマスター。飽いてるリスナーが相手だ。
馬鹿話を話し、トリックみてーな見解が、マジックみてーに展開されてく。
社会の暗がりから無限の広がり、流行りの話題?流行らないこそ話してく。

しかし深刻な深刻不足だ、シリアスを取り戻す。
話そー、「もう食えない」ってほどの複雑さを。
探そー、「文句言えない」ってほどの潤沢な語。

これじゃーとても下らない、普通の三行詩のようだよ。
それじゃーとても面白い、異常な博覧強記になるには?
今ここで排出してく、退屈な説教蹴っ飛ばす口の運動!

LIBRO/NEW feat.ポチョムキン

補足と思うこと

とくにないよね #53 頭の体操

この中で芸術を、「ある表現手段でもって、表現者の思う”良いこと”を為そうとしているものだ」と定義しているが、そうは考えていない。芸術は、表現者の意志のもとにはないと思う。表現者の態度によって、芸術か否かが決まるのではない。
私は、個人/社会/世界には、価値観を超越した、”絶対に良い方向”があると思っている。受け手ひいては社会ひいては世界を、”絶対に良い方向”に導くように”作用する”ものを、私は芸術と定義したい。だから、表現者が、表現手段を用いて、表現者の思う”良いこと”を為そうとしていなかったものが、芸術である場合もあるだろう。無心や破れかぶれ、あるいは悪意をもって作られてたとしても、”絶対に良い方向に導くように作用”してしまえば芸術である、と考える。

聞いてくれる人増やした~い、と思うのはきっと、このラジオをきっかけとした出会いが、僕にとって素晴らしいものだったからというのもある、”というのも”っていうのはきっと、僕の中に、いわゆる自己顕示欲とか承認欲求とかがあるだろうからだけども。
聞かれてるのを知るのはうれしい。なんでだろう(©テツandトモ)。面白いなどと言ってもらえたら尚更だ、そういう言葉を何度ももらった。そういう意味では、良い思いをし過ぎているというか、恵まれ過ぎているのかもしれない。とにかく、また誰か良い人に出会って「とくにないよねネットワーク(?)」を広げていけたら最高だ、などというと、殊勝に聞こえるだろうか。
面白い話をする能力は、面白いものを広める能力、営業する能力とは別である、というと、「私たちは、面白い話をしていまーす」と言ってるようで恥ずかしい。ところどころ面白い(あまりに馬鹿だから、といった理由で)のは間違いない。聞く価値があるかは分からない。
僕が良いと思う人付き合いの仕方は、他の人にとって良いものではないみたいで、その上臆病だからいけない。いけないというのは、広がらないということだが、今が特別悪い訳ではないのだから、いけないなどということはないのかもしれない。全人生の中で出会ってきた人には、出会いたくなかった人の方が多かった、だから、出会いを良いとはいえない。でも、このラジオを聞いてくれている人に、いやな人はいないだろうという思いもある。複雑だ。
ラジオを話題にする方法も、多くの人に聞いてもらう手段も思いつかない。やはりここは、可愛い自撮りか、インスタ映えか(どっちも無理じゃーん、というかまず、ラジオじゃ出来ないじゃん)。とはいえ、聞いてくれる人増やした~いのだから、何かしなくては。ゴトウさんの次の一手は?……ご期待ください。

2017年の、ひとつの記録

「菊地成孔の粋な夜電波」2017年5月21日放送
「ソウルトゥソウルバー菊」と題し、ソウル(韓国)発のソウルミュージックを特集した回。
最後の一部を書き起こし。

我々は愚かです。
恋も、戦争も、止められない。
世界がバラ色に輝いたり、灰色に沈んだりすることを、止められない。

ソウルミュージックという発明品は、エジソンや、アインシュタインのそれに匹敵します。
ノンストップで流れ続けた発明品によって、
これからドライブに行く方も、
今ドライブ中の方も、
一杯飲みに行く方も、
ご家族と合流される方も、
一人のままの方も、いらっしゃるでしょう。

皆さん全員に、非常に難しい、あるいは極々簡単なお願いがあります。

愛し合いましょう。
愛し合いましょう。
愛し合いましょう。

それでは、また来週。同じ時間と、違う場所で。

2017年の、もうすぐ夏がやってくる日に。