COP

色々書いた手前、文化系トークラジオLifeの「現代の現代思想」とか、あと、決断主義トークラジオAliveとか、久しぶりに聞き直していた(Lifeの、あのジングル懐かしい)。
「現代の現代思想」の回、「敦は遁走」の回なわけだけど、part3の後半あたりから段々面白くなってくなあ(お酒飲んでて、その辺りから酔いが回ってきたのかな、などと想像)。「ジャーゴン」、「ソーカル事件」「カルチュラル・スタディーズ(カルスタ)」などなど、ここで初めて知ったものや言葉も多くて(それこそジャーゴン満載で)、そういうのにかっけー、思想かっけーってなったりもしたわけだが。
『神への長い道』の話、ピーター・シンガーの話、「普遍性を装った発言は私的利害の発露に過ぎない」という発言などが出てくるpart4には特に影響を受けているというか、印象に強く残っていて、聞いた時から何年も経った今振り返れば、僕の考え方を変えたんだなあ、って思った。
聞きながら、「よく「右でも左でもない」という言葉を使う人がいて、それはつまり特定のイデオロギーではないと言いたいのだろうけど、しかし、そういう人から「素直な気持ち」「率直に思ったこと」「本音」として出てくる言葉が、なぜ、特定のイデオロギーに属する人の言葉に近づくのだろうか。」などと、ぼんやり考えていたが、それ以上深く考えたりはしなかった。
2009年にLifeは番外編として『ニッポンの思想』『現代日本の転機』といった本を取り上げた回も作っていて、懐かしく感じた。今では、こういう”思想”寄りの回って少なくて、どちらかといえば社会に寄っていると思う(別に悪いことではない。間口は広がっていると思う)。僕は、どうしても”思想”とか、そういうものが好きで、少し寂しいと思った。そういえば、どっちの本も読んだなあ。それは間違いなくLifeのおかげだ。

小平駅の近くのアパートが「ハッピーシンドローム」って名前で、「安野モヨコのマンガか」って心の中でツッコんだのだが、安野モヨコ作品にあるのは『ハッピー・マニア』だ。
以前ブログを書いていて、”問題系”という言葉を使おうと思った、しかし、「ちゃんとした意味知らない」と思って、”問題系”で検索したら、東浩紀をDISったブログ(深夜に熟読した)と、CiNiiの論文「安野モヨコ作品における労働の問題系」(深夜に熟読した)が出てきた。論文の著者名を見て、それがトミヤマユキコの漢字表記であることに気付いた。”問題系”の意味を調べるという目的は忘れてしまって、結局言葉は使わなかった。

プロレスっ子たちにとって、長い真っ直ぐな道は、いつだってリングへ向かう花道で、脳内iPodからお気に入りのレスラーの入場テーマが流れてきて、歩きながらオーディエンスにアピールしたりするじゃない?(こんな記事もある「【豆知識】いつもの道もプロレス入場時の「花道」だと思いながら歩くとメッチャ楽しい」
お気に入りの曲、みんなそれぞれあるだろうけど(あと、オリジナルの入場テーマもあるでしょ?僕は、Eelsの「lone wolf」で渋く入場したい)、僕はWWEユニバースだから、そっちの曲が流れてくることが多い。
最近よく流れてくる(脳内の話です)のは、エンバー・ムーンの曲で、でも、流石に月ちゃんに移入するのは難しいのよね。AJのとか、サミ、中邑、ジェリコ、クリスチャンのとかねー、意外とミズのがストレートにかっこよかったり、CMパンクの(てかLiving Colourの)「Cult Of Personality」は、本当に良くて、流れてくると飛び切りかっこつけちゃったりするんだけど。
でも、やっぱり一番は、いろいろ紆余曲折あって(笑)、キュルキュル音の後に無音になって、それからかかる(こういうルーティーンなのです)ドルフ・ジグラーの入場テーマだなー。あれかっこいいよなー。僕がノリノリで歩いているときは、あれが脳内でかかってます。

自分が天邪鬼であることを自覚したのはいつか(自分という人間が、性行為の末に作られたであろうことを知ったのはいつか。なぜ、その衝撃的な事実を認識した瞬間を覚えていないのか)。僕は、この誰も読まなくなってしまったブログについて、誰も読まないからこそ続けてやろうという、そういう気になった。誰も聞いてない/読んでないところに黄金がある。人類が黄金に気付いていない状態、それが愉快だと思った、というのは嘘で、皆に見てほしい(というのも嘘だ)。